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日経ビジネスオンライン

2019/08/04

東洋経済オンライン第3回

トヨタが本気で取り組む「全固体電池」とは何か
ポスト・リチウムイオン電池の開発は過熱
佐藤 登 : 名古屋大学客員教授・エスペック上席顧問
2019年07月23日

2019年6月、次世代車開発の大きなカギを握る車載用電池に関する2つの大きなニュースが流れた。トヨタ自動車は7日、車載用電池で中国CATLやBYD、東芝、ジーエス・ユアサコーポレーション、豊田自動織機と連携することを発表した。とくに中国の大手2社の電池メーカーとの連携は、中国市場における電動車開発から販売に至る過程での選択肢に入れている。CATLとは戦略的パートナーシップの覚書に調印し、電池の品質向上やリサイクル事業も包含する形で幅広い提携となる模様だ。

激化するポスト・リチウムイオン電池開発
また、26日には電子部品大手の村田製作所が「業界最高水準」の容量を持つ「全固体電池」の開発を発表した。リリースによると、長時間の利用を前提にしたワイヤレスイヤホン機器やIoT(モノのインターネット)社会の多様なニーズに対応していくとのこと。現時点では材料特性から車載用電池としては不向きだが、今後の発展が期待される。これらの発表をうけて、世界的に進むEVシフトと連動したポスト・リチウムイオン電池(LIB)の開発競争はより一層激しくなるだろう。その中でも全固体電池は、現行のEV(電気自動車)において主に使用されているLIBの次の「大本命」とされている。

パナソニックの津賀一宏社長は2017年、トヨタ自動車との車載用角型電池事業での協業において「リチウムイオン電池の限界が来るまで全固体電池のシフトを実現するよう準備をしたい」と語っていることからも、まさに電池の主役が変わる移行期に突入しつつある。

全固体電池の構成は正極、負極、それにLIBに適用されている電解液とセパレーター機能に代わって、固体電解質を適用している。発火の可能性のある電解液を燃えにくい固体電解質で置き換えることから、原理的に安全性は大幅に向上する。固体電解質中を充放電の過程で移動する物質はリチウムイオンのみのため、LIBのような副反応が起こりにくく長寿命化が期待される。また、-30度から100度ほどの低温から高温域の環境に対応できることも特徴だ。

全固体電池は従来よりも3倍以上の出力
課題は、LIB電解液に劣らないイオン伝導率をもつ固体電解質の開発と、正極、負極の電極と固体電解質との間に形成される界面の抵抗をいかに小さくするかだ。この分野の第一人者、東京工業大学の菅野了次教授とトヨタの研究者らは2016年、全固体電池を試作し、LIBの3倍以上の出力特性を実証したと発表している。このころから、全世界的に全固体電池の研究開発が活発になり、主導権争いで競争が激化している。トヨタは、2020年代の前半には全固体電池を搭載する計画と報道している。同社はこの分野に300人規模の技術陣を配置している模様で、電池討論会などの学会発表でも存在感がことさら大きい。

筆者がサムスンSDIに在籍していた2010年に、トヨタと意見交換をした。全固体電池の実現に向けての経営側からの要求は2017年頃をターゲットにしているとのことであった。その2017年も既に通過し、当初の目標は達成できなかったものの、ここ1、2年の動きをみると、世界初の車載用全固体電池の実用に向けてベクトルを集中している。トヨタの強力な研究開発に刺激され、ホンダも精力的に取り組んでいる。また、イギリスのダイソンもEVを実用化すると発表し、そしてそのときの電池は全固体電池を目標にしていると当時はCEOが発表していた。日産自動車に在籍していた筆者の知人である電池開発技術者が、2017年7月にダイソンに移籍した。電池開発に関わる技術者の争奪戦はこれからもあらゆるメーカーでみられるだろう。

国内の電池各社にとって、海外企業との開発競争は熾烈になるだろう。韓国のサムスングループの基礎研究を担うサムスン総合技術院(SAIT)では、革新電池研究を担う人材は100人以上の規模でいるとみられる。これまでも電池研究の分野で、科学雑誌『ネイチャー』や『サイエンス』には論文を多々発表してきた。筆者がサムスンSDIに移籍した2004年には、すでにSAIT内に革新電池研究を手がけるメンバーが30人近く在籍していた。SAITの使命は基礎研究成果を、モバイル用から車載用、定置用電池事業を担うサムスンSDIにアウトプットすることで、実用化に道筋をつけることにある。

民間だけでなく、国内研究機関も次世代産業のバックアップとして革新電池の研究開発を推進している。文部科学省管轄の「JST戦略的創造研究推進事業、先端的低炭素化技術開発(ALCA)」の中の「特別重点技術領域次世代革新電池」、さらにその中の全固体電池チームが中心となって研究開発を進めている。筆者も2017年までこのプロジェクトの次世代革新電池の戦略検討メンバーとして関わってきた。さて、これから開発においてどこに重点を置くべきか。戦略的考え方の1つとして、革新電池の原理発掘から革新素材に至る極めて価値の高い領域に注力することが必要だろう。

安全性以外の付加価値が重要
全固体電解質の魅力は安全性が高まるところにある。ただ、全固体電池にすれば安全性が確実に担保されるということではなく、条件が揃えば火災事故につながる可能性があることも付記しておきたい。しかし、安全性の向上だけでは魅力に乏しい。なぜなら、車載用で適用されている日韓の大半のLIBでも安全性は担保されているからだ。全固体電池が最も魅力を発揮するところは、電解液を有すLIBでは適用できなかった電極材、例えば負極用にリチウム金属、正極には高電圧系素材等を適用することで、エネルギー密度を大幅に向上させることにある。それによってEVの航続距離が大きく拡大すれば、本当のEVシフトが実現することになろう。

全固体電池の実現が意味するところは、電池部材のサプライチェーンを大きく変えることになる。正極系と負極系はともかくとしても、三菱ケミカルや宇部興産が事業展開している電解液、そこに電解質を供給する森田化学工業やステラケミファ、さらには旭化成や東レ、住友化学、宇部興産が優良事業として推進しているセパレーターが不要になる。

とは言え、足元でのLIB需要は高まる一方である。それが証拠に、セパレーター各社は日本や韓国で大々的な投資拡大を図ってきた。すなわち、長期的視点では全固体電池の実現がビジネスリスクとして向き合うことになっている反面、ビジネスチャンスとしての現状の需要拡大は、大きな原動力となっているのも事実だ。ともかく、電池立国を標榜する日本において、世界に先駆けた革新電池の実現は悲願といえよう。先行技術で強い知財を確保し、事業で世界をリードできるかが、そのカギとなる。

2019/08/04

東洋経済オンライン第2回

日本の車載電池メーカーは世界市場で勝てるか
韓国勢の投資額が突出、カギはコスト低減
佐藤 登 : 名古屋大学客員教授・エスペック上席顧問
2019年06月04日

国内、海外の自動車メーカーがこぞって次世代車開発に進む中で欠かせないのが動力源となる車載電池だ。とくにリチウムイオン電池(LIB)は身近なところではノートPCやスマホやタブレット、デジタルカメラ、そして電動工具などのモバイル機器に搭載されており、その用途は限りなく広い。

世界的に存在感が大きくない日本の電池メーカー
昨今の世界の車載電池市場をみると、日本勢ではパナソニック以外の存在感は大きいとは言えない。前回の原稿(日本の車載電池が「排ガス規制で受ける恩恵」)でも触れたが、GSユアサコーポレーション、ホンダとの合弁で事業展開しているブルーエナジー、三菱自動車との合弁のリチウムエナジージャパン、東芝、ビークルエナジージャパンなどは事業拡大を模索中だ。そこで求められるのがLIBの飛躍的な性能向上である。歴史を振り返ると、日本企業はその研究開発の先陣を走っていた。1980年代初頭から旭化成を中心に研究開発が進められてきた。

実用化の道筋がついた小型LIBの世界初量産は、ソニーによって1991年に実現された。以降、コンパクト性、長時間使用に耐えうるエネルギーデバイスとして、世界中のどこでも重用されている。蓄電デバイスの革新的な成果として毎年、開発者らがノーベル化学賞の候補にノミネートされている。

車載用電池の開発はかなりハードルが高い。まず環境負荷に耐えられる設計が必須だ。電動工具は別にして、一般のモバイル製品は屋内利用が主体となり、環境温度も人々が生活しやすい環境下での使用が基本となる。これに対して、車載用電池の場合には-30℃から50℃近辺の環境下にさらされることから電池に対する環境負荷はとてつもなく大きくなる。とくにLIBの場合は、低温になればなるほど電池内部にある電解液の電気伝導度が低下することで出力低下を招いてしまう。一方、高温になればなるほど、電解液の分解や劣化が促進され、寿命低下が顕著になる。

車載用電池はLIBに限らず長期使用が求められる。2010年12月に販売を開始した日産自動車の電気自動車(EV)「リーフ」は、販売累計台数でこれまで42万台を超え、世界トップを走っている。その「リーフ」でも発売当初は5年保証だったが、ようやく、8年、16万kmの保証を唱えるところまで進化を遂げてきた。その寿命を延ばすための技術開発は、正極材料、負極材料、電解液、セパレーターのいわゆる「四大部材」の研究開発のみならず、正負極活物質の粒子をつなぎ合わせるバインダー、電解液の分解を制御する添加剤など、いくつものジャンルにまたがっており実用化までかなりの時間を要する。

前述した温度環境に対するタフさも同様に求められる。材料の耐久性開発のみならず、電池の冷却システムも必要となる。電池パックシステム開発に関わる自動車メーカーにとって、いかに効率の良いシステムを設計開発できるかが自動車メーカーの付加価値となる(大半の自動車メーカーは自社で冷却システムを開発している)。アメリカ・テスラ社のEV「モデルS」や「モデルX」「モデル3」ではモバイル用LIBを搭載する設計開発となっている。ただし、この場合、耐久性は車載専用に開発されているLIBと比較すると寿命確保の点で劣っており、途中でのLIB交換も必要となるケースが生じてくる。

課題は電池の安全性確保
EVベンチャーは別にして、世界の大手ブランド自動車メーカーが、このような小型モバイル用途のLIBを搭載するビジネスモデルをとる気配はない。むしろ、専用開発で差別化、付加価値を追求する路線を拡大中だ。また、安全性の確保も課題になっている。モバイル用LIB対して、20~30倍ほどの容量があるEV用LIB(50~100Ah)では、充放電時に伴う電池の膨張収縮(リチウムイオンが充電時には負極へ、放電時には正極に移動する。充電時に負極側で膨張することにより電池セルが膨張しやすくなる現象)も大きくなる。同時に、電池の発熱も大きくなることで、熱暴走を起こしやすくなる条件が増える。ましてや、充放電の制御機構が故障すれば危険性は一段と増す。

中国市場では、中国メーカーEVの火災事故が多発している。他には2019年4月に、テスラが上海で停止中に爆発火災事故を起こしている。2013年から続いているテスラの火災事故であるが、結局、テスラのEV開発も、入念なLIB制御やEV制御ができていないことを証明している格好だ。しかし、これまでの火災事故の詳細な原因が明らかにされていないことは、製造物責任を果たしているとは言えない。

その点、日系のEVやハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、そしてトヨタとホンダが市販している燃料電池車(FCV)のいずれにおいても、公道での火災事故は1件も発生していない。それは、開発段階からLIBの信頼性を確立し、自動車の電動化における統合制御で確かな安全性制御技術の開発を最優先しているからにほかならない。LIBの開発要件や基準も各社まちまちな中、中国のEVやEVバス、そしてテスラのEVに偏在する火災事故に対しては、安全性と信頼性を担保できる技術開発が早急に求められている。

中国は独自に安全性の規格を導入
2016年7月には、ドイツ発で車載用電池の安全性に関する国連規則、ECE R-100.02 Part2(電池パックに対して過充電、過放電、圧壊、外部短絡などの9項目にわたる安全性評価試験)が発効した。この認証を取得しないと電動車(xEV)の販売に制限がかかる内容である。一方、中国はこのECE国連規則をベンチマークにして中国独自のGB規格(ECE国連規則の試験条件を中国流に改訂したもの。条件的には緩やかにしている)を導入しているが、国連規則とは異なり法的拘束力がないガイドラインである。

筆者は現在、各社が製造するLIBの安全性を検証する事業に関わっているが、自動車各社と電池各社の電池構造設計、および安全機構設計とその基準が個社単位で異なり、安全性試験評価結果にも差が生じていることに懸念を抱いている。それが引いては国際競争力に直結する問題だからだ。

世界の自動車各社から見れば、車載用LIBのサプライチェーンは極めて大きなカギを握る。その決め手となる要素は、従来からの性能、安全性は言うまでもない。さらには電池各社の生産能力向上のための投資力とコスト低減に注目が集まる。海外勢をみると、韓国のLG化学、サムスンSDI、そしてSKイノベーションが各グループ財閥の成長事業の一環として大規模投資を惜しまない。各社は韓国国内の主要拠点以外に、中国と欧州に大投資を図っている。LG化学は第1期で400億円規模の投資をしたポーランドの生産工場が稼働済み、さらに生産能力向上のために第2期工事も推進中だ。サムスンSDIはハンガリーに400憶円規模の投資で工場を建設中で間もなく稼働する予定。SKイノベーションもハンガリーに850憶円規模の投資を行い、2020年の稼働を目指している。

コスト低減への対応で起きる「二極化」
同時に、各社は既存の中国生産拠点を拡張することで動き出し、韓国勢の間で投資競争が活発だ。中国CATLもドイツへの生産拠点の構築を推進している中、欧州市場は韓中勢が欧州自動車各社を包囲している格好で、日系勢は蚊帳の外という勢力図ができつつある。

コスト低減を主導する大きな要素は、何といっても欧米勢の自動車各社が電池業界に提示する「圧力」である。車載用LIBに対するコストは、単セルではなく電池パック基準として現状はおおむね250~150ドル/kWh(自動車各社と電池各社の個別交渉なので幅は広い)、2025年までの近い将来に100ドル/kWhを提示する議論が国際会議や個別交渉の中で数値目標としてすでに出ている。モバイル用LIBと同等、もしくはそれ以下のコスト指標になるのだが、あまりにも難度が高いと言わざるをえない。
しかし、こうした厳しいコスト目標でもどこかの電池メーカーが実現すれば、その数値が業界水準となることから、その目標に邁進して実現しようとする電池メーカーと、コスト低減に対して置き去りになる電池メーカーの二極化が起こるものと予想される。

前者の電池メーカーの代表は、LG化学とCATLであるが、中国政府の補助金制度が2020年で撤廃させることで、フラットな開発環境下でCATLが対応できるのか真価が問われるところである。一方では、価格競争はしないというパナソニックを代表とする日系勢は、グローバルビジネスでどこまで闘えるのかが今後の大きな課題といえよう。

2019/08/03

東洋経済オンライン第1回

日本の車載電池が「排ガス規制で受ける恩恵
ライバルは韓国・中国、問われる成長戦略
佐藤 登 : 名古屋大学客員教授・エスペック上席顧問
2019年05月01日

1990年9月に発効したアメリカ・カリフォルニア(CA)州ZEV(ゼロエミッション車)規制から30年近くが経過した。アメリカ・ビッグ3のGM、フォード、クライスラー、および日本ビッグ3のトヨタ、ホンダ、日産に対して、1998年からCA州での販売台数の2%を電気自動車(EV)にしなければならない取り決めだったが、次ページの図に示すように、法規内容に紆余曲折はあったものの、現在まで途絶えることなく続いてきた。

日米自動車業界を震撼させたZEV法規とCO2規制
2018年からは対象企業として、独ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲン(VW)、韓国現代/起亜グループが追加されている。さらに同年にはEV、燃料電池車(FCV)、そしてプラグインハイブリッド車(PHEV)の組み合わせで販売台数の4.5%が要求された。その数値は段階的に拡大され、2025年には22%を実現すべく規制強化が加わる。自動車業界も売れるEVやPHEVの開発に心血を注がないと、莫大な罰金をペナルティとして科せられることになるため、生半可な対応では命取りになる。

欧州CO2規制も2021年から適用になるが、これもまた電動化を加速させなくてはならない大きな原動力となっている。ディーゼル車にこだわり続けてきた欧州自動車業界にとっては生き残りをかけた電動化戦略が余儀なくされている。2021年のCO2排出基準である95g/kmに対して、基準クリアに最も近いのはハイブリッド車(HEV)で低燃費を実現しているトヨタ(100g/kmレベルを実現中)である。一方、最も遠くに位置しているのがダイムラー、BMW、VW、いわゆるジャーマン3で、125~130g/kmとほど遠い。それだけにCO2低減に直結するEVやPHEVの大幅導入が不可欠となっている。そのCO2規制は段階的に厳しくなり、2025年には70~80g/km、30年には60g/km未満の数値まで計画されている。

一方の中国NEV規制での産業界に大きな逆風が吹いている。EV政策に莫大な補助金を投じてきた中国は、2020年に補助金に終止符を打つ。予定通り補助金が終了すれば、中国ローカルEV各社や電池各社の経営破綻は避けられない。また電池各社とつながる部材メーカーの経営悪化にもつながりかねずその影響は計り知れない。結果として、中国政府が提唱してきた「自動車強国」「エコカー戦略」も破綻することもないとは言い切れない。
    
現時点での実態は、補助金頼みで事業を展開してきたEVメーカーや電池各社には大きな衝撃が出始めている。BYDのEVバスが今年3月から5月まで生産停止になっている事情、中国第3位の車載用リチウムイオン電池(LIB)メーカーであるオプティマムナノエナジーが、昨年7月から半年間生産停止に踏み切ったと発表したものの、現在も再稼働する兆しはない。それどころか経営破綻に近い状況にあえいでいる。

電動車ビジネスの方向性で左右される戦略
一方、ZEV規制や中国NEV規制のクレジットから外されたHEVであるが、欧州や中国でも消費者の関心が高まり販売を急速に伸ばしている。消費者がEVよりもHEVの価値を理解し始めたと言えよう。クレジットは自動車業界にとっては大きな原動力であるが、消費者にとっては無関係で、自動車としての価値や魅力が購買意欲の判断材料になっている。

さて、これまで中国における各種規制と現状を概観してきたが、これから競争が激しくなるのは車載電池の分野だろう。筆者は2017年12月の『週刊東洋経済』に、パナソニックの車載電池事業の勝算について記事を書いた。そこでは、顧客として抱えるトヨタ、ホンダ、日産の電動車全カテゴリー(xEV)が拡大していけば必然的にビジネスが拡大するという肯定的な見方を示した。それから1年半ほど経過した現在、状況が変わってきている。そのパナソニックは、車載用角型LIBの事業をトヨタ自動車との協業で、合弁会社を2020年に設立することを決断した。この方向性により、今後は車載電池のサプライチェーンにも影響が出るだろう。

生き残りをかけるパナソニックの思いが表れた格好だが、とくにホンダと日産にしてみれば、トヨタ系電池会社からLIBを調達することになるわけで、そのままサプライチェーンが継続されるとは考えにくい。車載用電池の競争力と事業性は、そもそも電動車のビジネスがどうなっていくのかにかかっている。EVシフトが大きなトレンドとなってはいるものの、ハンディの多いEVが急激に増大するとは考えにくい。また、各国の発電事情によっては大気環境が改悪になる場合がある。すなわち、国や地域によって電動自動車の最適な解が異なることも事実であることを入念に勘案すべきである。

日韓中の鍔迫り合いが続く電池業界、今後の行方を占う各社の展開が日進月歩で進んでいる。投資力で存在感を示している韓国のLG化学、サムスンSDI、SKイノベーションのトップ3が欧州でのLIB生産拠点の構築と拡充に余念がない。同時に、2020年の中国政府による補助金終了に伴いフラットな市場での競争段階に入ることで中国生産拠点での回帰も進む。

ちなみに筆者は、2004年9月から2012年12月までサムスンSDIに役員として在籍し、素材開発戦略、電池研究戦略、事業拡大戦略など技術経営に携わった。その経験からみると、サムスンSDIをはじめ韓国勢は今後もスピード感をもって積極果敢な投資を続け、顧客獲得で実績につなげる展開が見込まれる。LG化学はコストリーダー(コストを積極的に下げる努力で勝負する戦略)の強みを発揮し、米欧韓の自動車各社への供給実績で特に存在感がある。

日本の電池各社にとって「追い風」
対して、補助金で圧倒的な成長を遂げてきた中国CATLやBYDはフォローの補助金がなくなることで、今後の競争力と真価が問われる。この現象は、日系電池各社にとっても追い風となりそうだ。中国に投資ができていないGSユアサコーポレーションではあるが、2009年にホンダとの合弁で事業展開しているブルーエナジー(BEC)、また2007年に三菱商事および三菱自動車との合弁でLIB事業を展開しているリチウムエナジージャパン(LEJ)を、ホンダと三菱自動車の電動車拡大戦略と強くリンクさせていくことで成長は期待できる。

東芝は耐久性に優れたSCiBを基盤に、スズキのマイルドHEVであるエネチャージのヒットで成長を遂げている。フルハイブリッド車やEVには適用しづらい同電池ではあるが、現在、東芝―スズキ―デンソーとの協業によりインドでのSCiB生産拠点を構えることで路線拡大に打って出ている。

日立グループの車載電池事業を担うビークルエナジージャパン(本年3月29日に名称変更)は、HEV用の出力型LIB事業に特化するビジネスモデルを固めた。これまでGMや日産へのLIB供給で事業を存続させてきたが、今回の出力特化型のLIBを進化させることで存在感が増す可能性がある。パナソニックがトヨタ主導の角型LIB事業に進むことで、トヨタ系以外の自動車各社へのビジネスを拡大できる機会が訪れるように映る。

2019/04/01

連載履歴

日経ビジネスオンライン連載「技術経営 – 日本の強み・韓国の強み」 アクセスランキング
1.「就活時点で日本は負けている」(2013 4.19)———————————-12位
2.「新人研修は育てる場か競わせる場か」(2013 5.2)——————————12位
3.「新入社員がいきなり課長級のサムスン」(2013 5.16)—————————-3位
4.「『技術に上下関係なし』を信じて痛い目に」(2013 5.30)————————5位
5.「部下に絶対服従を強いるサムスン」(2013 6.13)——————————–7位
6.「ホンダの自前主義は人を育てる」(2013 7.4)———————————-10位
7.「人事異動を本人に任せるホンダ、昇進が最大目標のサムスン」(2013 7.18)——-11位
8.「企業戦略に振り回される技術者」(2013 8.8)———————————–5位
9.「サムスン移籍の理想と現実」(2013 8.22)————————————-1位
10.「部長級でも責任を取らされるサムスン」(2013 9.5)—————————–1位
11.「韓国人社員との付き合い方」(2013 9.19)————————————-7位
12.「シェア1位を奪われた原因はコストではなく慢心」(2013 10.3)——————–3位
13.「車載用電池、日本勢の強さの秘密」(2013 10.17)——————————-3位
14.「倍返しなるか、日本の電池産業」(2013 10.31)———————————4位
15.「グローバル化で遅れる日本、6つの課題」(2013 11.14)—————————1位
16.「M&Aの光と影、サムスンの事例から学ぶ」(2013 11.28)—————————6位
17.「特許マネジメントが下手な日本」(2013 12.12)———————————8位
18.「居場所を失った技術者の生き方」(2013 12.26)———————————8位
19.「サムスンのプロジェクト失敗に学ぶこと」(2014 1.16)————————6位
20.「日本とは違う、サムスン流『人付き合い』」(2014 1.30)———————-11位
21.「部下の育成より自分の昇進優先なサムスン」(2014 2.13)———————-13位
22.「白熱する電動車両開発、日本は勝てるか」(2014 3.13)———————-5位
23.「東芝事件に考える、技術流出は防げるのか」(2014 3.18)——————–6位
24.「深刻な中国大気汚染、電動車両は救世主になるのか」(2014 4.10)————-11位
25.「日本の技術力は本当に高いのか」(2014 5.22)—————————-9位
26.「学会で発表するホンダ、メモを取るサムスン」(2014 6.26)—————4位
27.「サムスンの人事と成果のあいまいな連動性」(2014 7.3)——————8位
28.「企業と流動する人材との関係」(2014 7.24) ———————— -
29.「サムスン電池事業の真剣度」(2014 8.7) ————————–12位
30.「環境自動車で日本がリードし続けるための条件」(2014 8.28) ———–7位
31.「サムスンの失速に見る日本の戦略」(2014 9.11) ———————-2位
32.「大手術のサムスン、対症療法のソニー」(2014 9.25) ——————8位
33.「中村修二氏との談話を通じて考えた日本の競争力」(2014 10.9) ———2位
34.「ノーベル賞を輩出する日本、輩出できない韓国」(2014 10.23) ———1位
35.「異業種交流イベントで感じた日本の強み」(2014 11.6) —————19位
36.「技術流出はどうやって防ぐのかを改めて考える」(2014 11.20) ——–15位
37.「エアバッグリコール問題に見る技術経営の重要性」(2014 12.11) ——–16位
38.「ナッツリターンに見る韓国財閥の影」(2014 12.25)       ——–10位
39.「エコカー世界戦争と生き残り戦略」(2015 1.8)       ——–8位
40.「トップ外交を好む韓国、実務側から進める日本」(2015 1.22)  ——– -
41.「日韓電池産業への追い風となる中国政策」(2015 2.12)  ————-13位
42.「泥沼化する韓国財閥紛争がもたらす背景」(2015 2.26)  ————-5位
43.「社長・役員の辞任におけるホンダとサムスン」(2015 3.12)  ———9位
44.「ノーベル賞の期待を背負うリチウムイオン電池」(2015 3.26)  ——-11位
45.「電動化と自動運転で変わる自動車の勢力図」(2015 4.9)  ———-9位
46.「韓国の対人関係と日本の立ち位置」(2015 4.23) —————–8位
47.「車載用電池を土俵とした日韓の熾烈な争い」(2015 5.21) ———-8位
48.「第3勢力参入で定置用電池業界の競争が激化」(2015 5.28) ———8位
49.「中小企業が技を持つ日本、企業格差が止まらない韓国」(2015 6.11) -12位
50.「中小企業に意地がある日本、大企業が支配する韓国」(2015 6.25) —13位
51.「出る杭は打たれる日本、出ないと潰される韓国」(2015 7.9) ———3位
52.「電池の国際会議に見る日本と韓国の立ち位置」(2015 7.23) ———-6位
53.「東芝事件に見る経営側の圧力、ホンダとサムスンの事例」(2015 8.6) –6位
54.「壇蜜との会話で考えた仕事術と企業戦略」(2015 8.27) ————-11位
55.「日韓電池業界に立ちはだかる中国の価格攻勢」(2015 9.10)———–13位
56.「韓国に先んじた日独連携の車載用電池認証サービス」(2015 9.24)—–12位
57.「VWが不正に至った3つの問題」(2015 10.8)————————-5位
58.「VWが受ける逆風、日本が受ける追い風」(2015 10.22)—————-4位
59.「VW、東芝の不正は企業の焦りがもたらした」(2015 11.12)————11位
60.「タカタのリコールに思う発見時の対応の重大さ」(2015 11.26)———15位
61.「2強の韓国電機業界に対抗できるか日本勢」(2015 12.10)————-11位
62.「2016年、自動車の産業競争力を展望する」(2015 12.24)————–18位
63.「動き出した中国での自動車、電池各社の投資攻防」(2016 1.7)———-9位
64.「日韓電池競合の激化に割って入る中国勢」(2016 1.21)—————20位
65.「VWスキャンダル後の欧州電動化戦略の行方」(2016 2.12)————-16位
66.「サムスン、LGの2強と対峙する日本の立ち位置」(2016 2.25)———–9位
67.「シャープ身売りで混迷するパネル業界」(2016 3.10)—————–11位
68.「シャープ問題で考える日本の産業競争力の保ち方」(2016 3.24)———8位
69.「戦略は不変ではなく随時見直してこそ生きる」(2016 4.14)————11位
70.「戦略の欠如で陥落した日本の民生用リチウム電池」(2016 4.28)———9位
71.「虚偽の科学や技術はコンプライアンス欠如が原因」(2016 5.12)———8位
72.「燃費不正事件を未然に防止する今後の抑止力」(2016 5.26)————16位
73.「サムスン移籍で実感した人材流動の重要な意味」(2016 6.9)————3位
74.「外資系で働けない人の5つの特徴」(2016 6.23)———————–5位
75.「協業の成功と失敗を分ける要素は何か?」(2016 7.14)—————-12位
76.「サムスンのBYD出資は中国市場成功への布石?」(2016 7.28)———-18位
77.「ソニー、日産の電池事業撤退の裏にあるもの」(2016 8.10)———-6位
78.「電動化、自動運転、安全機能で変わる業界勢力図」(2016 8.10)——–10位
79.「遅すぎたディスプレー産業のオールジャパン」(2016 9.8)——–17位
80.「なぜサムスンの最新スマホは爆発したのか?」(2016 9.21)——2日連続1位                                       81.「最新スマホが販売中止のサムスンに必要なこと」(2016 10.13)——–10位
82.「爆発などで大荒れの電池業界、勝敗の行方は?」(2016 10.27)———7位
83.「トヨタがEVを投入せざるを得ない事情」(2016 11.10)————–12位
84.「選ばれるEVはどれか? テスラは生き残れるか?」」(2016 11.24)—–6位                                        85.「エコカー戦略における燃料電池車の位置づけは?」(2016 12.8)—– 12位
86.「政界、産業界が共に混乱する韓国」(2016 12.22)——————-6位
87.「2017年、エコカー開発は正念場を迎える」(2017 1.12)————-17位                                          88.「中国のエコカー政策に翻弄される日韓企業の悩み」(2017 1.26)——5位
89.「サムスンのスマホ事故を契機に揺れる電池業界」(2017 2.9)——7位
90.「国際会議で感じた欧州自動車勢の電動化への気迫」(2017 2.23)——15位
91.「サムスンに吹く大逆風はグループ再編の好機?」(2017 3.9)——16位                                                   92.「東芝、シャープなどから見る技術経営の重要性」(2017 3.23)——-6位                                        93.「中国エコカー市場で窮地に立たされる韓国企業」(2017 4.13)——3位
94.「中国政策に振り回される各社のエコカー戦略」(2017 5.11)——11位
95.「リチウムイオン電池も有機ELの二の舞か?」(2017 5.25)——–3位
96.「自動運転による自動車業界のパラダイムシフト」(2017 6.8)—– -
97.「韓国大手企業に見る日本市場の魅力と障壁」(2017 6.22)——–7位
98.「見通しが立たない東芝と絶好調サムスンの違い」(2017 7.13)—–7位
99.「電動化で先導してきた日本が自動運転で遅れ?」(2017 7.27)—–8位
100.「提携進む自動車業界、明暗見えてきた電池業界」(2017 8.10)—–6位
101.「ハイエンド偏重の日本、ローエンドも重視の韓国」(2017 8.24)—9位
102.「急加速のEVシフトに潜む5つの課題」(2017 9.14)————–1位
103.「ノーベル賞の期待がかかるリチウムイオン電池」(2017 9.28)—-3位
104.「相次ぐ法令遵守違反、未然に防ぐ3つの要件」(2017 10.12)—- 14位
105.「先行企業に神戸製鋼不正問題の防止策を学ぶ」(2017 10.26)—- 7位
106.「環境改善か下剋上か、EVシフトの先の業界勢力」(2017 11.9)—-6位
107.「政治外交まで絡めた電池業界の混乱と思惑」(2017 11.24)——12位
108.「トヨタとパナの提携で加速する次世代電池開発」(2017 12.14)—4位
109.「EVシフト下の自動車と電池業界、新規組の思惑」(2017 12.28)–10位
110.「中韓首脳会談でもかなわぬ韓国電池業界の思い」(2018 1.11)— 3位
111.「日韓で仕事観の違いはどこから生まれるのか」(2018 1.25)— 7位
112.「窮地のテスラに立ちはだかる自動車トップ」(2018 2.8)—— 4位
113.「自動車の電動化における元素戦略と資源争奪戦」(2018 2.22)—- 7位
114.「合弁が難しい電池事業、韓国勢はフリーを選ぶ」(2018 3.8)—- 12位
115.「新社会人がキャリアを形成するために必要なこと」(2018 3.22)— -
116.「テスラが抱える三重苦、経営危機に陥る?」(2018 4.12)——–6位
117.「テスラのEV事業、三重苦どころか五重苦に?」(2018 4.26)——3位
118.「テスラのEV苦戦で考える新規参入のリスク」(2018 5.10)——–4位
119.「R&D投資で韓国勢に見劣りする日本勢」(2018 5.24)———–11位
120.「車載電池のグローバル市場揺さぶるCATL旋風」(2018 6.14)——3位
121.「日産が開発凍結を宣言した燃料電池車の行方」(2018 6.28)——7位
122.「燃料電池車を生んだホンダ基礎研究所の実力」(2018 7.12)——4位
123.「中国の新エネルギー車規制にどう対応すべきか?」(2018 7.26)—8位
124.「電動車の米ダブルスタンダード法規の行方と波紋」(2018 8.9)—10位
125.「繰り返される不正、企業統治はどこまで可能か?」(2018 8.23)– -
126.「爆走中国EV、電池業界に起きている異変」(2018 9.13)———-1位
127.「中国製リチウム電池が信頼できない理由」(2018 9.27)———-2位
128.「トップブランド参入で超激戦を迎えるEV市場」(2018 10.11)—–10位
129.「グローバル会議を通じて考える日韓の強み」(2018 10.25)——-12位
130.「EVにおける中国の政策変化は外資への追い風?」(2018 11.8)—–7位
131.「EVが減速する中国、加速する欧州」(2018 11.22)—————5位
132.「インド市場における自動車の電動化と矛盾」(2018 12.13)——–5位
133.「2019年、車載電池業界の勢力図が明確になる」(2018 12.27)—–10位
134.「ホンダとサムスンで経験した技術経営の真髄」(2019 1.10)——-5位

2019/01/10

第134回コラム 最終回

ホンダとサムスンで経験した技術経営の真髄

技術経営――日本の強み・韓国の強み

反面教師と逆境はエネルギーに変換

2019年1月10日(木)

佐藤 登

 2013年4月から本コラムを執筆し、今回が134回となった。日経ビジネスオンラインがクローズすることで今回が最終回となる。これまでのコラムを総括すべく、「技術経営の真髄」とは何かを述べてみたい。

ホンダが教えてくれた信念像
 1978年4月から26年4カ月、本田技研工業と本田技術研究所で勤務した。最初の10年間は鈴鹿製作所の生産技術の現場で、自動車の腐食制御技術開発に関わった。「ホンダが潰れる」とまで言われたほどの大錆問題解決のためのプロジェクトを任され対応した。そこで学んだことは、定説や常識に囚われないこと、そして自らの実験データからメカニズムを考察し、その原因を突き止めることで解決策を導くというプロセスの重要性であった。
 ともすれば材料メーカーの見解に耳を傾け、あたかも自分の論理のようにのたまう諸先輩の姿には納得できず、自らのデータで議論する必要性があると思えた。なぜなら、材料メーカーは自社の製品に関して不利な見解を述べないからだ。自身のデータから自説を立て実証することで、車体材料の大幅な転換を図った。それにより、ホンダ車が錆問題から解放されたのは1986年頃のこと。しかしその間には、事業部間の確執や上下関係の押し付けなど、下図に示すように数々の紆余曲折を経験した。欧米諸国のサービス部門や販売部門が市場での製品品質に対して合格の判断を出してくれた時の達成感はひとしおであった。
 この社内研究成果によって、会社の支援もあり、ホンダでは歴代4人目となる博士号を取得できた。大錆問題の解決に貢献したご褒美とも言うべき転換点が訪れた。1990年2月には次世代技術研究の舞台となっていた本田技術研究所・和光研究センターに異動させてもらった。当時のホンダの常務取締役であった吉野浩行氏(後に社長就任)が、「大きな成果をあげたのだから、ホンダのどこの部門に移っても良いから提案しなさい」との激励をいただいたことでの結果であった。
 ここで得た教訓は、自ら考え行動に移すということで、他人の意見に耳を傾けても自らその意見が正しいのかどうかを検証しなければならないということ、それを通じて事の本質が見えるということであった。
 1986年に設立された当時の和光研究センターは、既存事業ではない新事業に繋げる基礎研究開発部門であった。上図に示すように、そこからホンダジェットが30年の歳月をかけて事業化としての離陸に成功した。和光研究センターの最大のイノベーションと筆者は評価する。「やがては空を飛びたい」と発していた創業者・本田宗一郎の思いを実現するために、経営陣も技術陣も長年に亘る並々ならぬ努力によって実を結んだのである。
 ホンダジェットの特徴は、主翼上面にエンジン配置、空力的に大きな効果を得られる最適な位置と形状。そして、革新的エンジン配置、胴体のエンジン支持構造不要、広い客室と大容量の荷物室を実現した。米国で最初に発表した際には、米国航空業界からは常識外れの設計と揶揄された。しかし、その後の飛行データやメカニズムを明らかにすることで、批判していた航空業界も新たな発想を認めただけでなく、賞を授与するまでの評価を下した。ここでも、定説や常識に囚われない発想が具現化された。
 1月8日から日本経済新聞に、「Mr.ホンダジェットの執念」が連載されている。9日の記事を見て思わず笑ってしまった。エンジンを主翼の上に付けると言う提案をした開発責任者の藤野道格氏に対して、それを聞いたホンダの上司が「こんなバカなエンジニアは見たことがないな!」と罵倒したと言う。誰が発した言葉かは、数人の候補が浮かぶがイニシャル表記されていないので確信はない。いずれにしても、この上司は技術経営側にいたはずだから、ここでも先入観や定説に囚われて間違った判断をしたと言うことだ。技術経営の視点では、「常識から外れるような提案だが、ならば実証してみろ!」と言うような発言が適切だった。技術経営側に就く者は主観や先入観で判断すべきことではないことを大いに反省すべきであろう。
 この基礎研究所での筆者の新たな業務は、これまたタイミングが合ったように、異動してテーマ探索をしていた7カ月後のことだった。1990年9月に、米国カリフォルニア(CA)州大気資源局(CARB)が発したゼロエミッション自動車(ZEV)法規である。日米大手6社に課されたのは、98年から電気自動車(EV)をCA州に2%供給するという基本方針であった。
 日米自動車業界を震撼させたZEV法規の発効により、筆者がホンダでの電池研究機能を創設する役目を指示された。「錆と電池」と言う名言を発した当時の役員研究員である佐野彰一氏の影響は大きかった。
 1995年には、栃木研究所へ組織ごと移ることになって開発が加速された。98年の最初のEV(ホンダEV-Plus)に適合させる大型ニッケル水素電池の開発から実用化、その後はハイブリッド車(HV)用のニッケル水素電池開発、そしてリチウムイオン電池(LIB)の研究へと進化させる研究戦略を自ら描き、その進行を図っていたのだが事件が起きた。
 2002年を超えると、筆者が進める化学電池領域の研究開発は分が悪くなる。研究所の経営陣が化学電池の価値を低く評価したからである。そのひとりのK氏は筆者に向かって、「車載用のLIBは実現しない!」「化学電池よりも大容量キャパシタだから、佐藤さんも化学電池を捨てて、そちらへ移ったら?」とまで言われて愕然とした。筆者は、「物理電池と言えるキャパシタの原理を考えると、キャパシタこそ電動車(xEV)用の主電源としては実現されない」と反論した。
 答えが無いようなキャパシタプロジェクトへの合流は拒否しつつも、研究資金も人員もキャパシタ側に持っていかれた身分としては、悶々とする日々を過ごすことに。しかし、信念だけは曲げなかった。「いずれ車載用LIBは実用化に至る。キャパシタこそ実現には至らない」と。
 果たして、それから20年近くが経過した。今や、全世界でLIBの開発から実用化が活発に進められている。LIBの実現がなければ、昨今のxEVの実用化には至っていない。技術経営としての判断は、必ずや論理に基づいた判断をしなければ大きな過ちを犯すという典型的な事例である。
 2004年初頭に、韓国サムスンSDIからスカウトの話が来た。国際会議での発信や論文発表、講演などをしていた関係でサムスンがアプローチして来たのである。サムスンの考え方はホンダとは真逆で、車載用LIBの実現に向けて大きく舵を切った時点である。即断はせず、3カ月ほどかけて利害得失を入念に勘案した結果、04年4月にホンダを去る決断をして7月に退社。9月にサムスンSDIに常務として移籍、渡韓し、サムスンの城下町へ赴任した。
 2002年に燃料電池車(FCV)用途に一旦事業化の道筋を付けたかのようなホンダのキャパシタ事業であったが、その後、絶対容量の不足からFCVの商品性を低下させることが露呈し、06年にキャパシタ事業は失敗と言う判断にて断念することに追い込まれたのである(上図)。「技術は嘘をつかない」「論理が伴わない技術は成功しない」と言う教訓だ。

サムスンへの移籍と技術経営  
 今でこそ、日韓の政治外交はギクシャクした関係が続いている。慰安婦問題、徴用工問題、海上自衛隊哨戒機への射撃用レーダー照射問題と、近年にないほどの悪化した関係下にあるのは事実だ。筆者がサムスンに移籍した2004年といえば、直前の韓国ドラマ「冬のソナタ」の大ヒットにより、韓流ブームが押し寄せた絶頂期であった。この効果も手伝って、政治外交も温和なムードと化していたので、現在とは好対照的だった。
 サムスンに移籍してからは、当然、文化や考え方も異なり、戸惑う部分も少なからずあったものの、儒教の縛りがない筆者にとっては自分流の仕事術がある程度可能であった。振り返れば、ホンダからサムスンの移籍が筆者の仕事術、とりわけ技術経営のあるべき姿を追求する意思が強くなったようだ。
 サムスンでは経営側に携わったことで、最初の5年間は中央研究所で研究戦略と研究テーマの運営と判断を業務の中心としていた。ここでは、ホンダで経験した反面教師の存在を参考にしつつ、自身は決してそうならないように務めたのである。
 モバイル用LIBの新技術開発、車載用LIBのプロモーションのための全世界の自動車各社との協議、アウトプットが期待されない、あるいは出口が見えないプロジェクトの中止判断、新ビジネスモデルを構築するためのプロジェクトの起案等に着手。韓国人役員との激しい論議も厭わず実行してきたことが、それなりの成果に繋げたと言えよう。
 6年目となった2009年9月には、本社経営戦略部門に異動となると共に、東京へ逆駐在となり日系顧客とのビジネスアライアンスに心血を注いだ。技術経営と経営戦略は不可分の関係だ。両輪として機能させることが価値を最大にする。

ホンダとサムスンの経験を活かして
 2012年12月31日付けでサムスンを退社したので、6年前になる。相前後し、御縁をいただいてエスペックの上席顧問、名古屋大学未来社会創造機構の客員教授の任にあたっている。名古屋大学の当センターが発足することが決定された時期に、プロパーの教授としてお誘いを受けたのだが、サムスンで仕掛けていた大きな業務を中断させることは無責任になると考え、客員教授としてお手伝いすることを逆提案した。
 もっとも、6年前の2013年1月には、電池業界再編のためのプロジェクト(産業革新機構がオーガナイズするLibertyプロジェクト)への検討委員として委嘱を受け、新会社設立に向けたシナリオ創りに参加した。電池業界の勝ち組であるサムスンでの経験を評価されての委嘱であった。13年中盤になって新会社の全骨格を創り上げたものの、13年末にソニーがそのプロジェクトから離脱したことで、当プロジェクトは空中分解に終わった。
 エスペックは環境試験機器業界の大手で、国内シェアは60%、グローバルでは30%のシェアを誇る。企業規模ではホンダやサムスンに比べると小ぶりだが、ビジネスモデルとしては自動車業界、半導体業界、電池業界、電機業界を中心に大いに貢献していると言えよう。
 昨今の自動車のパラダイムシフトは、正に電動化と自動運転が両輪で最大の開発テーマとして展開されている。自動車業界としては、真に生き残りをかけると言っても良いほどの大きな命題となっている。
 自動車の電動化開発をサポートする機能としては、恒温恒湿槽や充放電テスター機器の開発は元より、車載用電池に対して、自動車業界や電池業界等から試験評価を受託するビジネスモデルを2013年に構築。更には、16年から義務付けられた国連規則ECE R-100 Part.IIによる電池安全性評価試験(電池圧壊試験など9項目)の認証取得ビジネスを構築し、「バッテリー安全認証センター」として運営にあたっている。
 また、国や地域によって求められる製品仕様や機能は異なるので、そのニーズにマッチする製品戦略が重要だ。エスペックが得意としてきたハイスペック仕様は、日米欧市場での評価は高いが、製品の低価格を要望する中国や韓国市場では異なるビジネスモデルが必要とされてきた。その結果、充放電テスターの低コスト仕様の開発も2018年には実現され、中国市場を中心に攻略しつつある。
 こうした一連の事業化は、新ビジネスモデルとしてタイミングよく早期に実現できたものであるが、それ以上に、各業界の開発効率を最大限引き出すことに貢献していることでの意義が極めて大きい。
 一方、自動運転はまったなしのビジネスとして、自動車業界やソフト企業がビジネスチャンスとして、そして同時に生き残り策として血眼になって開発に取り組んでいる。欧米勢の自動車各社の進展状況と比較すると、日系勢のスピード感は今一歩の感が否めない。この分野でも各業界に貢献すべく、当社の開発機能を向上させるための方向付けを行っている。
 自動運転のレベル4と5ではドライバーが介在しない領域となるが、その分、信頼性の構築は従来までにない以上の難度となる。現状、既存の自動車に搭載されているセンサーでも、降雪地帯ではセンサーが機能しないという自動車のクレームも起きていると言う。ましてや、自動運転においてはセンサー機能の不具合は致命的になる。
 完全自動運転では想定外と言う表現は通用しない。そのためには、あらゆる諸条件に対しても適合できるシステムの機能が求められる。当社ではそういう外部状況を想定した環境評価システムの構築を加速させている。雪、吹雪、霧などは当然ながら、雪質によっても自動車に及ぼす影響に差が生じる。こうした木目細かな環境モードも勘案して、技術課題を早期に抽出し、解決できる機能を提供することが当社の使命であり、各業界への貢献と考えている。
 当社の経営戦略と技術経営は、スムーズな両輪の駆動力として、ほぼほぼ機能しているように映る。その要因は、経営側と実務側の密なコミュニケーションにより、考え方のギャップを極力小さくしていること、経営側からの一方的な押し付けではない戦略立案、顧客のニーズを把握して顧客満足を得るためのビジネスモデル創りなどが功を奏している。

技術経営としての真髄 
(1)経営側と実務側との信頼関係が基本となる。そのためには、都合の悪いことも表舞台に出して、その解決を双方の立場で考え方向付けることが必要だ。不都合な真実をさらけ出さないことで、後に事業が悪化し事業撤退に追い込まれたサムスンの事例を結構見てきた。日系企業でも、データ改ざんや法令遵守に違反するスキャンダラスな事件も昨今の大きなニュースとして採り上げられている。いずれにしても不都合であればあるほど、表舞台での解決策や戦術を議論できる環境創りが経営側に求められている。

(2)経営戦略が明確で、それに基づく技術戦略の筋道が通っていることが必要である。さらにそこにリンクする戦術に論理的飛躍がないこと、主観的判断のみではなく客観性が担保されていること、実現された時の価値の評価がなされていることが前提となる。

(3)実務レベルの遣り甲斐や達成感を引き出すためのマインドやモチベーションを高める施策が効果的である。成果に応じた報酬の配分、会社の業績に貢献した分に対する対価の補償にも合理性が必要だ。負の連鎖は企業にとって大きな損失につながる。正の連鎖によって、更なる上昇気流を創ることが企業の発展に大きなエネルギーとなるはずだ。結局は人材に帰する。人材を大切にする企業経営が、持続可能で発展する企業を形作っていくものと考える。

謝辞

 2013年から約6年にわたって、本コラムの場を提供いただいた日経BP社に感謝申し上げます。そして、御愛読いただいた皆様方には賛否両論の御意見もいただき、本当にありがとうございました。

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