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日経ビジネスオンライン

2018/06/14

第120回コラム

車載電池のグローバル市場揺さぶるCATL旋風
技術経営――日本の強み・韓国の強み
迎え撃つ日系電池各社はどのように闘うか
2018年6月14日(木)
佐藤 登

昨年秋に開催されたフランクフルトモーターショーには、メルケル首相が視察に訪れた(写真=ロイター/アフロ)
 欧州のCO2規制が強化される中(2019年時点ではCO2の排出量が95g/kmと規制され、それが段階的に厳しくなる)、加えてディーゼルの規制強化により、EVシフトが着実に進んでいる。特にドイツのダイムラー、BMW、そしてフォルクスワーゲン(VW)のいわゆるジャーマン3が率先してEVシフトに積極的な投資を進めている。各社はそれぞれ、2025年を目途に、プラグインハイブリッド車(PHV)と電気自動車(EV)の合計で生産台数の25%程度を占めることを目標としている。

ドイツ政府のトップ外交
 しかし、ドイツの憂鬱は自国内に電池産業がないことであり、この件に関してはメルケル首相も嘆いていた。ただ嘆いているだけでは何も進まず、首相はトップ外交を精力的に進めているのも事実である。
 そのトップ外交の一つが、ドイツ国内に電池産業を根付かす働きかけである。これに呼応すべく、自動車各社が電池事業を自社内に抱える戦略に打って出た。といっても、電池セルの生産を手掛けるのではなく、セルは電池メーカーから調達し、モジュール(セルの集合ブロック)以降を自社内で開発から組み立て生産までまかなうビジネスモデルだ。
 ダイムラーはACCUMOTIVEを完全子会社化して、モジュール以降の電池パックとバッテリーマネジメントシステム(BMS)を全て自社で内製する方針に移行した。従来は、独ボッシュのようなTier1にパックシステムまで任せてきたジャーマン3であった。ところが、任せれば任せるほど、自社内に技術の蓄積ができない、差別化のための開発ができない、さらにはコスト低減もできないという3重苦を背負っていることに気が付いたからだ。
 もっともホンダでいえば、1990年に発効した米国ゼロミッション自動車(ZEV)規制を受けて、筆者は電池研究室をホンダ内に創設した。研究開発段階では、電池はセルメーカーからの調達としていたが、モジュール以降は付加価値が高いこと、設計自由度を自在に活用できること、そしてBMSも自社で開発することにより電池の最適な使い方を担う制御技術の確立、コスト低減も同時に図ることができるという背景から、そのようなビジネスモデルを展開してきた。1997年にHVで世界初の商品をプリウスで具現化したトヨタも、全く同様な開発プロセスを選択してきた。
 ともかく、技術開発力があればモジュール以降の開発は自社でできるわけだから、差別化やコストダウンの必要性が高ければ高いほど、自前開発のニーズも大きくなる。ジャーマン3の方向転換は、ここ3~4年の間で進んだ。
 そうかといって、今さら電池セル製造まで行うかといえば、ここはジャーマン3も避けて通ろうとしている。それもそのはず、電池産業で一番利益を出しづらいのがセル製造プロセスであるからだ。図には電池研究の上流から電池の国際標準、あるいはサービスに関わるスマイルカーブを示す。

 すなわち、セルの製造プロセスが底に入る構図で、上流側と下流側に大きなビジネスチャンスが存在する。また、セル工程での製造不良、例えば、モバイル用で頻発しているパナソニックのリチウムイオン電池(LIB)のリコールなども、製造過程での異物混入という説明が終始なされている。この製造段階ではリコールになり得るリスクを抱えているにもかかわらず、利益を押し上げるプロセスではないところが課題の1つだ。
 日本や韓国勢の電池メーカーをベンチマークして、セル事業から着手するのは、いくらジャーマン3といっても、利益率を確保できる可能性が高くない割には参入障壁が高いといえる。
 一方、独勢各社は電池用新素材の研究開発にも余念がない。基礎研究での知財を目指し、可能ならセルメーカーに知財をライセンスするところまで進めることができる可能性を狙っている。BMWは、ミュンヘンに電池素材研究センターを建設中で2019年から本格稼働させる計画だ。
 メルケル首相が打って出た第2のトップ外交は、より強烈であった。それは、2016年に中国政府が打ち出したエコカーライセンス制度に関するものである。BYDや上海汽車のようにEV生産に実績のある企業は、このライセンスを取得しなくても良いとされている一方、それ以外では20社に限定してライセンスを供与することで、電動車の生産と販売を許可するというプロセスである。
 17年の秋口までは20席の指定席のうち、14社の中国ローカル自動車メーカーと部品メーカーにライセンスが供与されたが、外資系企業は全くライセンスを得られていなかった。
 中国市場で外資系自動車メーカーのトップはVWである。同社が中国市場でのEVシフトに乗り遅れれば、それだけに影響は甚大だ。同社は上海汽車と第一汽車との間で、既に2つの企業と合弁事業を展開していた。エコカーライセンス政策にマッチするEVなどを市場に供給するには、新たな合弁が必要となっていた。しかし、中国政府は外資企業の合弁相手を2社までしか認めていなかったのである。ところが急遽、17年の秋口にその規制を緩和し、合弁相手を3社まで例外的に認める方針を表明した。これはVWへの大きな配慮であった。
 その結果、VWと中国ローカルのJACとの合弁(江准大衆)設立が可能となって、20席の指定席で15番目に、JAC-VWがライセンスを正式に受けることになった。では、何がそれを可能とさせたのか? VWの事業が中国で好調な事業を展開し続けないと、ドイツ政府にとっても大きな痛手となる。そこで動いたのがメルケル首相だ。中国の習近平国家主席とのトップ外交を通じて実現させた背景がある。
 残り5席の指定席には、未だにVW以外の外資がライセンスを受けたという話は無い。日系ビッグ3もやきもきしているのだろうが、一方で、合弁企業を立ち上げる際の外資側の比率を50%以上まで引き上げることを認める方針を、今年になってから中国政府は打ち出した。その背景には、テスラが中国にEVとLIBの生産拠点を構えることに配慮したこと、外資が新エネルギー車(NEV)を積極的に中国市場で展開しなければ、中国のローカルメーカーは技術や事業で成長できないという判断をしたからのようだ。
 もっとも、エコカーライセンスそのものが現在も神通力になっているのかどうかは不明である。昨年の秋以降、このライセンスに関しての新たな進展、すなわち16番目のライセンス供与の話は聞こえて来ない中、規制緩和は進行している。日系自動車メーカー各社にしても、大きな障壁ともとらえていなさそうであることを鑑みれば、その政策方針の実効性が気になるところでもある。
 ともかく、中国政府が打ち出しているエコカーライセンス政策に対し、また電池産業のドイツ内事業への取り込みなどに対し、メルケル首相が積極果敢に動いている事例と実績は如実に存在している。

韓国政府のトップ外交
 韓国政府もトップ外交に関しては決して弱気ではない。韓国電池企業トップグループのサムスンSDIとLG化学の2強が、補助金を受けられるための条件である中国政策の「バッテリー模範基準認証」、いわゆるホワイトリストから今も排除されている。韓国勢にとっては、SKイノベーションも含めて、これは極めて手痛い仕打ちであった。
 2015年に、いち早く中国市場にLIB生産拠点を構えた両社であったが、その後の中国政府のTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)問題に端を発した韓国企業の締め出しにより、ホワイトリストに組み込まれなかった。そのような中で、昨年12月の韓中トップ会談で韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と習近平国家主席との間で、この問題解決を韓国側が提起したほどトップ外交を積極的に推し進めた。残念ながら実りある結論は引き出せなかったが、電池産業を巡る外交政策を積極果敢に進めているところは日本の立場とは大きな違いがある。

日本政府のトップ外交の貧弱さ
 日本政府も「科学技術立国」「電池立国」と錦の御旗を掲げてきてはいるが、いざトップ外交という意味では相対的に弱さを感じる。例えば、ホワイトリストの件では、中国大連にLIB生産拠点を構えているパナソニックも、いまだにライセンスを受けていない。そういう苦境にありながらも、政府筋としては何ら行動指針を示していないのは韓国政府とは対照的だ。
 日本政府は、2000年代までとても強い事業を展開していた日本の電池業界が他国勢力に脅かされるなどの危機意識が少なく、民間事業の課題案件は民間企業が解決すべきというスタンスであると考えられる。
 ドイツや韓国、そして中国もエコカーや電池事業政策ではトップ外交で新たな展開を推し進めている中、日本の外交政策の弱さが浮き彫りになっている。このように、消極的な立場でしかない外交政策の現状からは、「電池立国」の座は、韓国や中国に奪われてしまう危機感が漂うのだが、果たしてこのままで良いのだろうか。

ドイツ政府のしたたかな第3の潮流

 ドイツ政府絡みでは第3の潮流が起きている。以前のコラムでも執筆したが、欧州自動車各社がセル事業のないドイツの環境下で働きかけを行い、韓国電池トップ3が欧州展開をスピード感をもって積極的に展開しているのだ。
 ポーランドでの第1期生産拠点作りで400億円を投じたLG化学は、ジャーマン3や仏ルノーとの着実なビジネスを軌道に乗せつつある。サムスンSDIも、2013年からの強いパートナーであるBMW(EVの「i3」とPHVの「i8」にLIBを供給)とのビジネスモデルを一層拡大すべく、ハンガリーに400億円規模の投資をし、本年から稼働を開始する。
 韓国第3勢力のSKイノベーションも、850億円を投資してハンガリーに生産拠点を構え、20年からの稼働を目標にしている。トップ顧客はダイムラーである。しかし、既存の韓国トップ3を中心に展開されているサプライチェーンにも、新たな割り込み旋風が巻き起こっている。

CATLのしたたかな事業戦略
 BMWを独占的に顧客としていたサムスンSDIに割って入ってきたのが中国CATLで、既に供給契約を交わしている。中国市場でのビジネスが前提というものの、今後は中国以外での市場拡大方向も狙っている。一部、LG化学もこの牙城に食い入る状況になってきた。
 ダイムラーは、これまでSKイノベーションを優遇してきたが、ここに来てCATLとの調達契約も交わしている。基本は中国市場でのビジネスが突破口だが、同様にその枠を超える可能性がある。
 VWにとって、HV事業でのニッケル水素電池の調達パートナーは旧三洋電機であった。2000年代までは良好なビジネスモデルを展開してきた両者であった。三洋電機がパナソニックに飲み込まれ、そしてLIBビジネスに事業がシフトしてからは、VWとパナソニックとの縁はほとんど途切れた状態に至っている。代わりに、LG化学が牛耳る形で、一部PHVでサムスンSDIが入り込むチェーンになってきたが、VWにおいてもCATLは供給契約を交わすなど、存在感を増してきた。
 中国のNEV規制対応で積極果敢に展開してきたVWは、中国市場でもLG化学のLIBの適用を前提に検討してきた。しかし、LG化学がホワイトリストからはじき出されたことで、中国本家本元のCATLとのビジネス契約に繋げている。
 すなわちCATLにしてみれば、ジャーマン3との供給契約を着々と進めている実績を打ち出している。そして、ドイツ勢からの更なるCATLへのラブコールもあるようだ。
 欧州での生産拠点構築を標榜しているCATLに対して、ドイツ政府はドイツ国内への生産拠点構築を働きかけているようだ。仮にCATLが相応の生産キャパをドイツで構えることになれば、CATLへのジャーマン3の期待感と依存度は急速に拡大する。これは、ポーランドやハンガリーに拠点を構え、あるいは構えようとしている韓国3トップにしてみても脅威になるだろう。
 このように欧州と韓国、そして中国が政府と産業界が共になって強いビジネスモデル構造が着々と進めている状況が意味するものは、日本の電池業界が欧州でのビジネスにおいては蚊帳の外状態になっていることに他ならない。

日本勢の憂鬱
 車載用に限って見れば、米ゼネラルモーターズ(GM)のHV用LIBで供給ビジネスがある日立製作所は、GMの電動車種が増える中でもLIB供給の拡大が見込まれていない状況だ。一方のCATLはしたたかに、GMとのビジネスを策定中にある。
 東芝のLIB「SCiB」は、スズキのエナチャージャーでのビジネスモデルで勢いはある。しかし、それ以外でのHVやPHVでのビジネスモデルではなく、簡易HV用電源としてのビジネスモデルだ。電池電圧が2.5Vであることから、LIBの3.6V級に比べれば、同じエネルギー量を搭載するには他社のLIBに比較して電池容積と質量は拡大し不利になる。搭載スペースや質量制限をあまり受けないEVバスや、定置型蓄電システムなどではビジネスモデルはあるだろうが、ZEVやNEV規制で問われるPHVやEV系での発展拡大は期待しづらい。
 では、ジーエス・ユアサコーポレーション(GSY)グループはどうだろうか。実業としては三菱自動車と三菱商事を含めた合弁で形成したリチウムエナジージャパン(LEJ)と、ホンダとの協業で双方の子会社としたブルーエナジー(BEC)の2本柱が重要なポジションを占める。
 三菱自動車は燃費不正問題が引き金となり、日産自動車の傘下に入った格好だ。もっとも、電動化戦略では相性の良い関係ができていると察する。三菱自動車はEVの「i-MiEV」を2009年に、日産は10年末にEVの「LEAF」を市場に投入した。量産モデルのEVを先駆けて市場に供給したことは共通項である。一方、PHVでは三菱自動車の「アウトランダー」が先行した。今でも、その人気は各社PHV系の中でも高く評価されている。
 一方、日産自動車は、NECとの合弁事業を手掛けた子会社のオートモーティブ・エナジー・サプライ・コーポレーション(AESC)を切り離した。日産としては車載電池を調達戦略に切り替えた。この関係で好転の兆しも考えられる。三菱自動車、および日産自動車の調達戦略でLEJのビジネスモデルが拡大する可能性があるためだ。逆に、このようなシナリオがなかったとしたらLEJ自体の生き残りが難しかったのではないだろうか。
 そのような中、日産自動車は中国で販売するEVにCATLのLIBを調達する方針を示した。日系自動車メーカーが正式にCATLとの調達契約を結んだ最初の事例である。日系自動車各社の車載電池に対する安全性や信頼性の基準と試験評価条件の厳しさは世界トップだ。筆者がサムスンSDIに在籍していた時代(2004~12年末)に世界の自動車各社を訪問協議して実感した事実である。だからこそ、CATLの安全性や信頼性は、他の中国ローカルメーカーとは一線を画すと評価される。
 そしてもう一方のBECである。2009年にホンダとの合弁で形成された同社であるが、当然ながらホンダ以外への外販はない。ホンダの電動車へのLIB供給は、HVやPHVの出力型電池での協業を推進している。EVに必要な容量型LIBは外部調達戦略をとってきた。2012年にEVとして発売した「Fit EV」では東芝のSCiBを適用したが、その後はホンダと東芝との絆は希薄になっている。
 パナソニックは車載用電池では日本のトップを走る。ただし、欧州自動車メーカーとの連携がないことが大きな課題であろう。米フォードとはHVやPHV用LIBでのビジネスがあるのだが、EV用ではLG化学がビジネスを始めている。そしてCATLにおいてもフォードとのビジネスを虎視眈々と狙っているので、パナソニックとしても安閑としてはいられない。
 ホンダの電動化戦略は、トヨタに次いで先頭集団を走っている。北米で間もなく「インサイトHV」が市販されるとのことだが、ここにはパナソニックが大連で生産するLIBが搭載されるようだ。逆な見方をすれば、BECのサプライチェーンにパナソニックが食い込んだ形式となる。
 ホンダにとってみれば、2015年にセカンドサプライヤーとして選択したのがパナソニックである。それまでは、東芝、そしてサムスンSDIにも少しの可能性があったものの、選択の対象には選ばれなかった。GSYは三菱自動車のEV化に連動して国内投資を過剰に実施したこと、それがゆえに、中国市場での生産拠点構築のための設備投資余力はなかった。
 中国で現地生産するホンダやトヨタにとっては、LIBの供給を中国市場で実行可能な電池メーカーこそが必要であった。これは前半に述べたジャーマン3が希望するセルメーカーの近隣拠点構築と同一のビジネスモデルである。ホンダがパナソニックに期待する理由の1つはここにある。
 しかし、17年12月13日に発表されたトヨタとパナソニックによる車載用LIBの金属缶角型電池での協業は、ホンダにとって衝撃だったはずだ。それ以降、ホンダとしてもパナソニックとの協業をどこまですべきかを、戦略的に考えている状況にあろう。
 そのような中、5月24日付の日本経済新聞に、ホンダがCATLと車載用電池の共同開発を進めるという報道がされた。立て続けに6月8日の同新聞には、GMとの車載電池の共同開発も報道された。まさしく、トヨタがパナソニックと強い絆で協業を開始すると表明した方針に対抗するがごとくの構図にも見えるのだが、この先行きに注目したい。

パナソニックは韓中勢力と闘えるか?
 パナソニックは、車載用電池で大きな4つの事業を抱えている。1つはビッグプロジェクトとしてのテスラとのギガファクトリー事業、次にトヨタとの車載用LIB協業、そしてホンダに対する第2サプライヤーとしての事業、さらに、大連での本格的稼働と新ビジネスモデルだ。
 欧州自動車各社のビジネスモデルの時流に乗っていないパナソニックとしては、今後の事業戦略が問われているように見える。欧州から弾かれても、トヨタとホンダの電動化戦略をうまく連携していくことで、将来の発展性は描けるだろう。その手段として、大連の事業をうまく噛みあわせれば、その推進力は大きくなる。
 とすれば、課題はテスラとの協業ではないだろうか。筆者の個人的見解では、ここはリスクが少なからずありそうだ。テスラの生産地獄(生産計画と実態との大きな乖離)は大量生産の経験がないまま短期間で突っ走っていること、2013年から頻発した「テスラモデルS」での火災事故と現在に至るまでの事故連鎖、そしてオートパイロット自動走行での複数の事故、さらには幹部級人材の絶えない離脱などを鑑みると、リスク不安の要素が複合的に絡まっている。自動車事業に対する安全性や信頼性では、グローバルトップブランドの自動車各社との隔たりは、かなり大きいと言わざるを得ない。
 そしてそもそも、現状においてEVを購入したい購買人口は世界中でいったどれだけいるというのだろう。航続距離、充電時間、車両価格、中古車市場での暴落、すべてがハンディキャップなのである。
 ZEV規制、NEV規制、ディーゼル規制と言う縛りの中でもがき続けているEV事業は果たして、社会のため人類のために本当に有益な解なのかどうかの冷静な見究めが必要だ。筆者の以前のコラムでも提言したが、EVを前面に打ち出している中国のNEV政策も、低質な石炭と35%程度の低発電効率で充電されるEVが、中国では本当に環境改善になるのだろうか。
 欧州のCO2規制、ZEV規制、NEV規制にしても合理的法規の部分と、そうではない法規の部分が混在している。ZEV規制もNEV規制も、18年からは端からHVを除外したが、HVこそをベースにしてPHVの上乗せ、その上にEVを上乗せする政策こそが、世界の環境改善に君臨すると思うのだが。

2018/05/25

第119回コラム

R&D投資で韓国勢に見劣りする日本勢
技術経営――日本の強み・韓国の強み
科学技術立国との掛け声には伴わない実体
2018年5月24日(木)
佐藤 登
 前回は「テスラのEV苦戦で考える新規参入のリスク」といったタイトルのコラムを掲載した。その後半には、日本企業のビジネスモデルを拡大する3つの方向性について述べた。
 一つは、既存事業で独壇場にある先端製品においては、継続的に他社の追随を許さない断トツ製品に進化させる開発プロセスを構築すること。二つ目は、ハイエンド系からミドルレンジに至る幅広い価格帯でのグローバルな顧客開拓の必要性。そしてもう一つが、新たなビジネスを形成するための先行研究開発投資の必要性と確度の高い技術経営とした。
 日本政府が主導してきたように、「科学技術立国」「知財立国」「電池立国」と言う掛け声が多々発せられてきた。しかし、現実はどうだろう。これを実際に具現化するためには大きな障害や課題が山積しているのではないだろうか。
 例えば、日本企業のR&D投資は海外勢と比べるとトップ集団には位置していないこと、一方、アカデミズムでは研究資金の獲得や若手研究者の雇用でも多くの課題を抱えていることなど、先行きの不安感は否めないのが実情だ。

企業の研究開発環境
 ホンダのジェットビジネスや燃料電池車を実現させた30年にも及ぶ研究開発、あるいは三菱電機が実用化したSiCパワー半導体の30年越しの研究開発など実現に至った好事例はある。多くの紆余曲折があっての成果であるが、どこの企業でもこれほどの長期間に渡って投資を続けられるわけでもない。現在のホンダでも、電動化や自動運転の開発は喫緊の課題だ。そういう中で、向こう30年先を見据えた研究に投資する余裕はほとんどない。
 一方、このような事例とは裏腹に、日本の研究開発が見劣りしていることを、日本経済新聞は5月3日の1面トップ記事として報道した。それによれば、この10年間で日本企業の存在感がグローバルで低下しているとのこと。
 2007年には、研究開発費比較で世界100位までに日本勢が24社あったのに対し、17年には17社にまで減少した。日本のトップを走っていたトヨタでさえ、07年の3位から17年には10位にまで低下した。同様な見方では電機メーカーの後退が顕著で、パナソニックは15位から36位、ソニーは18位から35位になった。
 他方、順位を上げてきたのがIT関連企業で、1位が米アマゾン・ドット・コム、2位が米アルファベット、3位が韓国サムスン電子、4位に米インテル、6位に米マイクロソフト、7位に米アップルと、トップ10に6社が占めた。

韓国企業の大規模R&D投資
 サムスングループ以外でも、韓国企業の果敢なR&D投資が顕著になってきた。4月20日、ソウル江西(カンソ)区麻谷(マゴク)にLGグループの大規模な研究開発センター「LGサイエンスパーク」がオープンした。総額4兆ウォン(約4000億円)を投資して建設したセンターの敷地は、サッカー場24面分に相当する17万平方メートルとのこと。延べ床面積は111万平方メートルと、韓国最大の研究開発センターとなった模様。9~10階建ての研究棟が20棟あり、年間4兆6000億ウォン(約4600億円)の研究開発投資をして雇用創出と新事業開発に拍車をかけるとも。
 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は開所式典に出席したとのことで、「今後は米シリコンバレーを羨まなくてよさそうだ。本研究センターは韓国の革新成長の未来であり、民間主導の革新成長の現場だ。政府としても新技術、新製品を妨げる規制を解除する」と力強く強調したと言う。また、大統領は「任期内に、基礎研究予算を現在の2倍の2兆5000億ウォン(2500億円)に拡大する」と発言した。
 このセンターには、LG化学、LG電子、LGディスプレイなどのグループ主要系列会社の研究員2万2000人が入居する。LGグループの研究開発を統括し、未来の成長エンジン発掘の役割を担うミッションで新たな出発につなげる。中小・ベンチャー企業のための「オープン研究スペース」や、国内外研究機関の研究空間「ジョイントラボ」も備えている。
 筆者は仕事柄、韓国大田市にあるLG化学の研究所にも時折、足を運ぶ。大田市は研究学園都市で大学や企業の研究機関が林立し、いかにも研究都市という風貌をかざしている。LG化学の研究所も電池研究をはじめ多くの分野を担っており、この研究所だけでも競争力ある機能を感じさせるが、それに加えて今回の新たなセンターを建設したことの意気込みは、正にグローバル競争力を高めるビジョンを示したことになる。
 更に驚くことがある。現在、LG日本研究所は品川に拠点を構えているが、5年後を目途に、横浜みなとみらいに新たに自社ビルを構え、1000人規模の陣容でR&D体制を強化すると聞いている。全固体電池や新機能材料などの先端技術の研究開発を担うとのことだ。
 韓国SKグループも鼻息が荒い。半導体、エネルギー、情報通信技術(ICT)、自動運転車、ヘルスケアの5分野に対して、今後3年間で80兆ウォン(約8兆円)の大投資をかけるとのこと。18年には過去最大の27兆ウォン(約2兆7千億円)強の投資により、新規採用目標は8500人とのこと。ソウル瑞麟洞(ソリンドン)のSK本社ビルで開催した「革新成長現場疎通懇談会」で、グループ会長が述べたという。
 80兆ウォンの内訳は、半導体と素材に49兆ウォン(約4兆9千億円)、新エネルギー産業に13兆ウォン(約1兆3千億円)、次世代ICTに11兆ウォン(約1兆千億円)、車載用電池と自動運転などの未来モビリティに5兆ウォン(約5千億円)、ヘルスケア部門に2兆ウォン(約2千億円)となっている。これらの新事業はグループ中核のSKハイニクス、SKイノベーション、SKテレコムなどが主導する。新事業への取り組みにより、現在のグループに在籍する全社員9万人に上乗せする形で、今後の3年間で2万8000人の新規雇用を計画中とのこと。
 韓国は学歴社会の構造様式のため、大学進学率は世界トップ、そして多大な借金をしながらも海外への留学は盛ん(以前は日本も人気が高かったが、現在は米国大学にシフト)である。それにもかかわらず、若者の正規社員採用率は50%にも達せず、大きな格差社会が長年続いている。今回の大手財閥のLGグループやSKグループなどが大規模なR&D投資や新事業化を図ることで、若者への希望の道が少なからず開けることになるだろう。

アカデミズムが抱える課題
 一般的に、大学や研究機関、および企業での研究開発に対する成果の期待値は、研究に充てられる時間、研究に充てられる予算、そしてそこに携わる人材の積算値として、以下のように表現できると筆者は考える。
 しかし、日本の大学には直面している課題が多く、日本の将来に大きな不安を投じている。研究に充てる時間が徐々に短くなっていること、研究予算の縮小、優秀な人材が必ずしも大学に残らないような現象等、状況は深刻である。
 この現状を裏付ける記事が、5月6日の日本経済新聞で報じられている。それによれば、20~40代の研究者へのアンケート結果からも、若手研究者の危機感が顕著に表れたとされている。中でも、日本が科学技術立国であるための必要な対策に対しては、「長期的視野の研究環境」「研究時間の確保」「国の研究予算の増加」が上位を占めた。
 研究時間の教育や学内事務の負荷が増加していることで、相対的に研究時間の減少が起きているという。研究費獲得のための事務処理に追われることが主な原因だ。その研究費も潤沢ではない中で競争原理だけが厳しくなり、疲弊感が漂っているようだ。すなわち、先細りしている国の研究費を獲得するために申請書類に割く時間が多くなり、しかし研究費を獲得するための倍率は極めて高い状況が続いている。
 このような状況を間近に見ている若手研究者にとっては、希望や期待という言葉とは遠くかけ離れているようだ。それが証拠に、大学院博士課程に進学する人材がピークだったのは2003年の1万8000人とのことだが、16年には20%近く減少した。しかも、博士号を取得しても任期付で安定した職につけないポスドク問題も顕著な課題となっている。
 欧米諸国や韓国、中国においては真逆なのである。米国では博士号取得者の企業での活躍は研究所を中心に当然であり、逆に基礎研究部門では博士号を所持していないと職に就けないことも少なくない。ドイツにしても、博士号取得者は企業での昇進には大きく影響することで、その価値が広く社会に浸透している。
 筆者が在籍していたサムスングループでは、博士号取得者は新入社員でも課長級のポジションと給与を与えられる。昇進に関しても最終学歴が付いて回ることから、博士課程に進学してから就職するというのは珍しくない。企業が博士号所有者を敬遠している日本とは真逆であり、換言すれば日本のみが博士号取得者に対する偏見をもっているのである。
 博士人材の減少もさることながら、優秀な人材ほど博士課程への進学を選ばず、商社や金融機関を始めとする民間企業に流れている。上式のH、すなわち研究人材の因子が明らかに低下傾向にある。そして研究時間Tも10%以上減少している現状を加味すると、この積算値は深刻な問題を招くだろう。
 筆者が文部科学省管轄の科学技術振興機構「次世代革新電池の中長期戦略に関する研究」戦略検討委員会に、2014年から17年までの3年間関わった。そこで新たな事実として認識し、驚いたことがいかに多かったか。以下の図に、必要な規制緩和としてまとめてみる。
 基礎研究ほど柔軟な姿勢や制度が必要であるはずなのに、「研究費の次年度への繰り越しが認められていない」「研究テーマに関する研究方針を一旦決めたら、途中の軌道修正が認められていない」など、逆に大きな制約があり障害となっていることを実感した。これでは、実用化や社会に還元される成果が出しづらいのは当然であろう。

日本が改革改善に取り組むべき課題
 これらのことを踏まえて、日本が優先して取り組むべきことについて、以下四つにまとめた。
1.企業としての取り組みの中では、R&D投資の比率と短中長期テーマに対するバランスのとれた資源配分が重要。長期的視点でのテーマ設定は企業の将来を左右する糧であることから、人材の活用を含めた研究開発戦略が必要。それを推進するためには、研究開発戦略を統括するCTOの役割が重要となる。

2.企業の長期的研究開発においては、博士人材の活用を積極的に推進すべき。今や国を超えてグローバルな人材確保をしようとする場合、他国で身分の高い博士号保持者は日本に魅力を感じない。とすれば、グローバル競争での人材確保は一層不利になってしまう。

3.アカデミズムの領域では、若手研究者がのびのび研究できる環境を創出すべき。早急に改革しなければ、日本の科学技術立国は妄想で終わりそうだ。高校や大学授業料の無償化などで進学の機会を拡大することも必要かも知れない。しかしそういう財源をまず、既にアカデミズムの社会に出ているけれど苦境に直面している若手研究者に振り向け、日本の科学技術競争力を高めることの方が先決ではないだろうか。

4.アカデミズム、特に医薬工学系に携わる研究者自身は、論文執筆のみに心血を注ぐだけでなく、強い特許などで知財という武器を持つこと。そして時には、実用化に繋げ産業競争力に貢献することへの意識改革が必要だろう。そういう成果があちこちで見られるようになれば、企業の博士人材に対する期待感も高まり、積極的な人材活用にと繋げる社会が具現化されるのではないだろうか。

2018/05/11

第118回コラム

テスラのEV苦戦で考える新規参入のリスク

技術経営――日本の強み・韓国の強み

参入障壁の高低のみならず持続可能な戦略が不可欠

2018年5月10日(木)

佐藤 登

 4月26日のコラム、「テスラのEV事業、三重苦どころか五重苦に?」には多くのアクセスをいただいた。また、コメントも客観的で内容の濃いものを寄せていただいた。2回連続してテスラ関連の記事を発したが、その後も様々な話題があり、また課題も浮き彫りになっている。そういった点にも触れながら、今回の表題につなげていきたい。

悪化するテスラの経営状況
 5月1日の日本経済新聞で、テスラ株の空売りがヘッジファンドの間で話題になっていると報じられた。全株式に対する空売り比率が4月中旬に20%を超えて、2016年以来の高水準に達したとのこと。時価総額が100億ドル以上の米国企業で、空売り比率が20%を超えるのはテスラと他1社のみという。電気自動車(EV)「モデル3」の生産が計画値の5000台/週と大きな乖離を示していることで、空売り勢が攻勢をかけているとのことだ。

 また、5月4日の同新聞では、同社の赤字が更に拡大していると報じられた。テスラが5月2日に発表した18年1月~3月期決算は、最終損益で780億円の赤字となり、前年同期363億円だった赤字は2倍以上に膨らんだ。四半期として過去最大の赤字を記録したとのこと。金融業界では本年3月以降、同社の経営に対する懸念がささやかれるようになったとも。課題解消につながる好材料を見通せない状況が続いている。

新興勢力に対する参入障壁の度合い
 1990年代に日本が一世を風靡していたディスプレイ、家電群、半導体、太陽電池、リチウムイオン電池(LIB)などの勢力図は大きく変わった。その背景には、後発ながらも新興勢力が技術開発、人材スカウト、大規模投資などを積極的に進めてきた現実と実績がある。結果として、参入障壁の低いものほど、韓国、台湾、中国などのアジア勢が台頭してきた。以下、産業別に具体的に見ていく。

①ディスプレイ産業
 ディスプレイ産業では、10年以上前に日本から韓国に勢力がシフトした。しかし現在、その韓国勢にも課題が突きつけられている。 

 2006年から世界トップシェアを握ってきた薄型テレビ市場を例にとってみる。2500ドル以上のプレミアムテレビは、15年に76%を占めていた韓国勢が、17年には51.5%にまでシェアを落とした。このプレミアム市場でシェアを上げたのは日系企業で、15年の19.8%から17年には44.4%まで拡大した。この中には、韓LGディスプレイが日系企業のテレビ事業に供給した大型有機EL(エレクトロルミネセンス)パネルも貢献しただろうから、幾分、皮肉な結果になっている。

 逆張り的なビジネスモデルとしてとらえれば、LGディスプレイから有機ELパネルを調達しても、それだけで有機ELテレビの付加価値が形成できるのではないということだ。調達側での画像処理技術や制御技術による差別化で、商品の付加価値を高めていることが裏付けられる。

 現在、大型有機ELパネルはLGディスプレイの独壇場だが、日本のJOLEDが開発段階から量産段階までもたついている間に、中国でも開発が進んでおり、早晩、量産に踏み切ることが予想される。LGディスプレイは、先行利益を確保しているが、今後、中国企業が低価格な有機ELパネルを供給すれば、価格下落は必至だ。となると、後発のJOLEDにとっては、どのような勝利の方程式で正解を導くかが問われる。

 一方、ミドルレンジやローエンド系では、台湾や中国での液晶パネル事業が技術の進化と低価格化の実現で台頭してきた。中でも、低価格を武器に勢力拡大を図ってきたのが中国である。その結果、中国市場では独走していた韓国勢の液晶テレビも、シェアの低下を免れることはできなかった。中国市場で闘うためには、ローカル企業と同価格帯で対峙できる製品戦略が必要であることが示唆される。

②スマホ産業
 携帯・スマホ市場でも類似した現象が起きている。市場調査会社ストラテジーアナリティックス(SA)によれば、スマホの世界市場でトップシェアを誇る韓国サムスン電子の2018年の市場シェア予測は20.7%としている。この予測が現実になれば、昨年から0.4ポイント減になる。13年にはシェア32.3%を占めていたのだから大幅な落ち込みとなる。本年のスマホ販売量も3億1430万台と、昨年比で32万台の減少となる模様だ。

 同じ韓国勢のLG電子は、13年に4.8%と世界4位であったが、昨年にはトップ10から外れ、更に本年は3.5%にまで落ち込む予想とのこと。サムスン電子やLG電子の落ち込みも、取りも直さず中国勢の大躍進が大きな要因となっている。

 世界シェア3位から6位に名を連ねる中国スマホ企業のファーウェイ(華為技術)、オッポ、シャオミ(小米科技)、Vivoの4社は、13年の世界シェアが合計で10%程度だったのだが、本年は3倍強の31.7%にまで拡大するとの見通しがある。

 5年ほどの間になぜこれほど躍進できたのだろうか。そもそも、この製品は参入障壁が低かったことを意味する。その証拠に5年ほど前、参入障壁が低い様子を以下のようなジョークとして呟かれた。「中国では昨日までパン屋だった店が、今日からスマホショップに鞍替えした」。中国メーカーの技術進化と部品調達戦略、低コスト開発がそこに絡まって勢力を拡大させつつある。

③太陽電池産業
 参入障壁が低いといえば、太陽電池産業がその最たる例だろう。世界シェアトップを走っていた独Qセルズは2012年に経営破綻し、その後、韓国企業の傘下に入った。同様に、米国の太陽電池各社も経営破綻、そして日系企業も競争力を著しく低下させた。

 今や日系企業の間では、太陽電池のセル事業だけでは競争力を発揮できず、付加価値を訴求できるシステム事業に転換せざるを得ない状況に追いやられている。この要因は、太陽電池を生産する装置を調達さえすれば事業化が可能となる、いわゆるターンキー事業であることだ。

④LIB産業
 スマホや太陽電池ほど参入障壁が低くはないが、LIB産業の勢力図も変遷している。ターンキーだけでは事業の成功に結びつかないものの、今や中国における電池メーカーは大規模から小規模まで含めると1000社ほどあるとされている。

 歴史を遡れば、2007年までは日本の電池産業強国が維持されていた。ニッケル水素電池はもとより、LIBもモバイル用、車載用で圧倒的な存在感を示していた。1991年にソニーが世界初でLIB事業を立ち上げたことがきっかけとなり、三洋電機やパナソニックも追随した。LIBの基本特許は旭化成が握るなど、知財から量産技術に至るまで日本が他を制していたからである。

 07年を過ぎた頃には、日本の有効な基本特許も効力が弱まった。同時に、日本のLIB事業をベンチマークし、競争力を追求してきたサムスンSDIやLG化学が、技術開発加速、低コスト開発、品質確保、人材スカウト、積極的なマーケティング戦略など、多岐に亘る攻略にて世界シェアをじわじわと伸ばし始めた。その煽りを受けて日本の電池産業が存在感を低下していくことになる。

 更に、2013年を過ぎると中国のATL(本社は香港、開発と生産拠点が福建省にあるAmperex Technology Limited、TDKが資本参加)がモバイル用LIBで存在感を示すようになる。特に米アップルのスマホ事業と連結し、品質と低価格路線を武器に良好なビジネスを展開するようになった。結果として、日本勢も韓国勢もシェアの低下、利益率の低下により苦戦を強いられるようになった。

 車載用LIBでも似たようなビジネス構造になってきた。三洋電機が経営破綻したころから、LG化学が技術開発に力を注ぎながら世界的なマーケティング活動を展開し、顧客獲得に実績を伸ばしてきた。サムスンSDIも同様に開発とマーケティングで存在感を示すようになると、この韓国2強と闘える日本の電池企業はパナソニックのみとなってしまった。

 そこに今度は第三勢力として中国のCATL(Contemporary Amperex Technology Limited)が台頭する。最初からグローバルビジネスを標榜する同社は、世界から人材を集め、研究開発への大規模投資、世界各国の自動車企業へのマーケティング活動、さらには中国政府の支援を受けながらの生産キャパ拡大のための大規模投資を通じて勢いづいている。昨今、独BMWや独フォルクスワーゲン(VW)、韓国現代自動車との供給契約を交わすなど、存在感を一段と増している。

 自動車メーカーとの合弁企業を形成しないフリーな立場で車載LIBを事業とする企業群にあって、2017年には、パナソニック、LG化学、サムスンSDI、中国BYDと共にトップ5のグループを形成する。

 そのCATLが日本に拠点を構える話は以前から噂としてあったが、正式に日本に進出することが、5月9日の日本経済新聞で報じられた。報道内容によれば、5月下旬に横浜市に拠点を構えるとのこと。日系自動車各社との協業をしたたかに狙う同社の戦略に対し、日系電池各社がどう迎え撃つのか、その戦略が問われることになる。

 他方、日産自動車とNECとの合弁を形成していたオートモーティブエナジーサプライ(AESC)は、日産自動車側がAESCを手放したことで、17年8月には中国のファンド会社であるGSR傘下となった。本年4月末をもって、AESCエナジーデバイスと改称し、新たなビジネスモデルを構築する。

 親会社が中国企業となったことで経営資源も潤沢になり、大規模投資が可能となった。また、中国政府がEVへの補助金を拠出する前提として策定した「バッテリー模範基準認証」、いわゆる「ホワイトリスト」にも登録され、今後のビジネスモデルの拡大が期待されている。

 AESCが中国資本傘下になったことで、中国におけるLIB産業はAESCを更にベンチマークすることで、一層力を付けていくことは間違いないだろう。日本の電池業界がそれ以上に力を発揮していかなければ、中国企業のM&Aが今後も起こり得ることを暗示しているかのようだ。

⑤半導体産業
 日本の半導体産業が隆盛を誇っていたのは2000年以前のこと、そこから20年近くが経過した。韓国から米国に留学し、半導体工学を学び、米国の半導体企業にて実績を出した人材が韓国に戻り、韓国の半導体事業をけん引した。その典型的企業がサムスン電子である。

 日本のエレクトロニクス業界が大幅赤字を出している状況を横目に、サムスン電子は先端技術開発を推進しつつ、スピーディな大規模投資を図る戦略を推進し、現在は米インテルも抑えて半導体事業で世界トップに上り詰めた。半導体開発の生命線である線幅の微細化技術ではフロントランナーを担っている。

 一方、中国における国内半導体産業は存在感がない。線幅微細化などの高度先端技術ではサムスン電子には追随できていないことが理由だ。それを裏付けているのが、サムスン電子が西安市で稼働させている最先端の半導体生産工場である。中国の技術力では、サムスン電子をベンチマークしたとしても簡単には付いて来られないことを実感していたからこそ、中国に先端工場を建設稼働させたのである。

 4月26日にサムスン電子が発表した2018年1~3月の第1四半期実績によると、半導体事業の売上高は20兆7800億ウォン(約2兆780億円)、営業利益は11兆5500億ウォン(約1兆1550億円)を叩きだし、営業利益率は過去最高記録の55.6%を達成した。半導体市場の活況を追い風に、収益力を急速に高めている。

 サムスン電子は、先端技術開発と大規模投資の2大武器をもって、昨今の旺盛な需要に対して価格を自らコントロールできる強いビジネスを展開している。成功に導くビジネスモデルの模範事例と言えよう。

 そういう意味では、ソニーの画像センサーも同様の強いビジネスモデルを展開している。他の追随を許さないレベルでの技術開発と性能品質を顧客側が認めていることで、この領域では独壇場にある。結果として、ソニーの好業績に大きく貢献している成長事業として君臨している。

 同ビジネスを虎視眈々と狙っている他の企業もひしめく中、ソニーとしては今後も世界をリードする強い成長戦略に磨きをかけているに違いない。参入障壁が高いビジネスの典型として、そして日本企業のモデルとして存在感を出し続けてほしいし、できると思っている。

⑥ 自動車産業
 さて冒頭に述べたテスラと関連する自動車産業であるが、内燃機関(Internal Combustion Engine :ICV)を主体とする事業と、エンジンの無いEVとで分けて考える必要がある。ICVの歴史は100年以上にわたり、日米欧韓にはグローバルにビジネスを展開する自動車企業がひしめいている。今や資本提携や技術提携が進む中、今更新規参入にはチャンスはない。

 ましてや、ICVカテゴリーに入るハイブリッド車(HV)は、トヨタやホンダが得意としているが、機械駆動と電気駆動を同時に制御する技術は一段とハードルが高い。だからこそ、2018年から強化された米国のゼロエミッション自動車(Zero Emission Vehicle:ZEV)規制や、19年から適用される中国の新エネルギー自動車(New Energy Vehicle:NEV)規制では、HVがカウントされない扱いを受けた。NEV規制導入にあたって、中国政府は「エンジンがある自動車では先進諸国を相手に戦えないから、EVシフトを後押し」と明確に表現した。

 その点、EVは部品点数も30%ほど少なくなりシンプルであること、これまでは世界大手の自動車各社が本格的に推進してこなかったことで、参入障壁は極端に低くなった。だから、テスラ社を始め、BYDや中国ローカル自動車各社が一斉にEVシフトへ向かっている。

 確かに、EV部品の調達やEV組み立ては参入障壁として低いのは事実である。しかし、生産地獄に直面しているテスラのように、大量生産という世界ではICVとEVの間に差はなく、同じハードルになる。更には耐用年数が15年程度要求される自動車では、EVも例外とは認められない。この長期にわたる安全性や信頼性、そして耐久性を考えると、これは実績値の高いICVよりハードルが一層高くなるほどだ。

 既存の大手ブランドメーカー各社がEV事業に参入するのと、いきなりEVから事業をスタートさせる新規参入組とでは経験値が大きく違う。自動車としてのあるべき設計、安全性・信頼性を構築する開発プロセス、そして長期耐久性を保証できる技術開発については、考え方や取り組み姿勢に大きな差があるようだ。

 中国が典型的リーダーとして国策としているEVシフトは、そこまで考慮すれば決して参入障壁は低くないのである。中国を中心として、自動車生産の経験がない部品メーカーまでが参入しているEV事業であるが、外観や初期性能だけではなく、本来の品質確保と長期信頼性や耐久性にも力を注がないと、化けの皮はいずれ剥がれることになろう。

参入障壁度の分類と対応

 上記および関連事業の参入障壁レベルをマップにすると、以下のような図になる。

新規参入度と差別化との相関マップ

 参入障壁が高くないとして、中国では新規参入組のEVメーカーや車載用LIBメーカーが林立した。しかし、2010年以降に多発した中国でのEV火災事故で人命を奪った事故は記憶に新しい。すなわち、製品によっては長期信頼性や耐久性という時間軸で考える指標が更に必要ということである。

 先端技術やハイエンド系が得意な日系企業にとって、持続可能な成長事業を推進する戦略として、以下の3つのプロセスのいずれかが必要であるだろう。あるいはすべてを実行できれば、競争力は格段に向上すると考える。

①既存事業で独壇場にある先端製品においては、継続的に他社の追随を許さない断トツ製品に進化させる開発プロセスを構築する。

②ハイエンド系を武器に進めてきた製品を、新興国市場でそのままビジネスを行ってもうまく進めることができないことを実証した事例は山ほどある。アップルのスマホiPhoneでさえ、ハイエンドからローエンドまでラインアップを揃えて中国市場を攻略してきた。それでも、中国のローカルメーカーの追い上げで中国市場ではシェアを徐々に落としつつある。

 EV事業や車載用LIB事業が最も活発な中国市場では、試験機器製品もローカルメーカーが低価格品で牛耳ってきた。筆者が籍を置くエスペックでも、全世界の顧客開拓のために充放電サイクルテストのビジネスを確立すべく、新規参入ではあったが製品開発につなげた。当初より、先進国をターゲットにしたハイスペック製品でのビジネスモデルを構築したが、その製品で中国や韓国の顧客開拓をしようとしても、高価格帯製品では検討の土俵に上がらないことを筆者も幾度となく経験してきた。

 中国や韓国市場に攻勢をかけるため、昨年から各市場に応じた製品戦略を打ち出し開発に取り組んできた。本来、ハイスペック製品の開発ができるはずだ。取り組みの結果、2017年度には、低価格帯製品の開発に漕ぎ着けた。開発側の多岐に亘る努力が実り、ハイスペック版の半値に近い45%のコストダウンを実現した。

 この価格帯と、本来当社が強みとしている試験環境や電池の温度制御、信頼性、耐久性、低故障率を武器に付加価値を訴求すれば、中国や韓国市場でのビジネスを構築できる可能性が一段と高まることになる。

③上記の①や②を推進しつつも、いずれ時間が経過すればフォロワーが追い付くことは必至と念頭におくべきである。フォロワーが追い付くころには、更に先の次元で新たなビジネスを形成することが求められる。そのためには、先行研究開発への投資が不可欠だ。目先の事業効率や利益率の追求はもちろん重要だが、一歩二歩先の新たな世界を築く先行投資、しかし方向性を誤らない確度の高い技術経営が重要な指針となる。

 いずれにしても客観的に俯瞰し課題を抽出して取り込むこと、そして自らビジネスをリードできる力強い経営戦略を構築すること、そして積極果敢にチャレンジすることが、今後一層求められているのではないだろうか。

2018/04/26

第117回コラム

テスラのEV事業、三重苦どころか五重苦に?
技術経営――日本の強み・韓国の強み
車両火災事故を未然に防止するための安全性施策
2018年4月26日(木)
佐藤 登

 4月12日のコラム「テスラが抱える三重苦、経営危機に陥る?」に対して、多くのコメントをいただいた。内容に賛同する意見もあれば、真逆の意見もあった。コメントを寄せて頂いた方々にはお礼を申し上げたい。

テスラ問題、その後も浮上
 前回に引き続き、今回もテスラの件を分析してみたい。4月18日、MITテクノロジーレビューは、「テスラ、モデル3の生産を一時停止 ロボット依存見直しへ」と報道した。
 それによれば、テスラが「モデル3」の生産を中断するとのこと。イーロン・マスクCEOも認めているが、組み立てにおけるロボットへの過度の依存を是正するためという。4月第2週のCBSとのインタビューでマスクCEOは、「車両製造でロボットに大きく頼り過ぎた。テスラの過度の自動化は間違いだった」と語ったとされる。
 対象は、カリフォルニア州フリーモントにある「モデル3」の生産工場で、自動化の改善に取り組むため、4~5日間生産ラインを止めるという。社員は有給休暇を取るか、無給で自宅待機とのこと。生産ラインを一時停止させ、いくつかのロボットを生産ラインから撤去する模様だ。
 しかし、自動車技術に対する安全性への緩い考え(厳格な試験や確認を行わない中での自動運転による死亡事故、複数の国・地域で頻繁に起きている車両火災事故がそれを裏付ける)や脆弱な財務への懸念が重なって、多くの投資家が不安を抱くことは避けられないとも報じている。これも客観的事実としての説明である。
 一方、この内容とは全く違う話だが、4月19日のEngadget日本版では、「テスラの労働環境問題」が取り上げられている。それによれば、カリフォルニア州当局が、「『モデル3』生産工場での労働環境に関する調査を開始する」と発表したという。生産工場における災害発生件数に関して、過少報告の疑いが浮上しているとのことだ。
 テスラのフリーモント工場における災害件数が、かつては同業他社に比べて多いとされていたが、2017年の報告では「業界平均以下にまで災害件数が下がった」とされたことが調査のきっかけになったようだ。
 しかし、調査メディアのRevealがテスラの現社員や元社員の30人以上から聞き取りを行った結果、この災害件数は本来災害に数えられるべき事例をカウント対象外となる私傷病扱いにしていたことがわかったとしている。同社は、「テスラがこの記録件数を意図的に少なく報告した」と主張した。カリフォルニア州では、労働中に発生した応急手当や就労制限、失業の原因となる災害をすべて報告する義務が企業に課せられているようだ。
 災害から除外された事例としては、骨折や裂傷もあったという。「これが事実だとすれば労災隠しとなり、悪質と言わざるを得ない」と表現している。ブルームバーグによれば、カリフォルニア州労働安全衛生局は、この疑惑に対して正式に調査を開始したとのこと。この事案が明るみに出れば、前回のコラムで表現した「テスラが抱える三重苦」は「四重苦」に拡大する。いずれにしても、この案件も大いに気になるところであり、今後の調査結果に注目したい。

四重苦から五重苦への発展も?
 そしてさらには、追い打ちをかける状況が迫っている。それは、米国と中国政府が発した追加関税の対象品目に自動車が含まれていることだ。現在、テスラが中国市場で販売しているEVは全て米国製であるため、既に25%の輸入税が課せられている。さらなる関税の上乗せは、テスラの今後の輸出ビジネスに極めて大きな影響を及ぼすことになる。
 ブルームバーグのデータによれば、同社の中国市場における2017年の販売台数は1万4883台で、中国市場での全EVの3%程度、メーカーとしては10位。しかし、中国市場における同社の収益は全体の17%に相当したという。
 ならば、同社としては中国国内でのEV生産を早期に開始したいところだ。もともと、テスラは19年以降に中国生産工場への大規模な設備投資計画を発信していた。しかし、昨年から上海市政府と協議しているものの、現時点で投資は合意に至っていない。
 仮に合意が得られたとしても、この時点で同社が中国への投資を手がけることは得策ではない。というのも、米国での生産が全く軌道に乗っていないからだ。まずは、米国での生産計画を目標の週5000台に上げていくことが先決である。これ自体が大きな課題であることは、前回のコラムに記した通りである。それだけに、中国市場での販売ビジネスは今後も大きな難局を迎えることになり、「四重苦」にとどまらず、「五重苦」にまで発展する可能性さえある。

テクノフロンティアでのテスラの話題

 4月18日から20日まで、日本能率協会主催の「テクノフロンティア 2018」が幕張メッセで開催された。このイベントは、シンポジウムと展示会が同時に開催されているもので、シンポジウムは「磁気応用技術シンポジウム」「モータ技術シンポジウム」「電源システム技術シンポジウム」「バッテリー技術シンポジウム」「熱設計・対策技術シンポジウム」「EMC設計・対策技術シンポジウム」「センシング技術シンポジウム」「次世代自動車技術シンポジウム」の8分野で構成されている。
 最も長い歴史を持つのは「モータ技術シンポジウム」で、本年で第38回を迎えた。筆者が企画委員を務める「バッテリー技術シンポジウム」は、第26回を数えた。昨今の自動車の世界的な電動化の流れを受け、この2つのシンポジウムは昨年より参加者が急拡大した。「バッテリー技術シンポジウム」の参加者は約500人と、昨年より35%ほど多かった。
 自動車各社の電動化動向、電池業界の競争力、部材サプライチェーン、次世代革新電池の研究動向、自動車業界と電池業界からの直接的話題提供、そして電池の安全性や認証に関するビジネス動向など内容は多岐に亘った。
 企画委員として筆者が担当したセッション「車載用リチウムイオン電池の現状と安全性評価試験」における、電池本体と安全性に関する内容を訴求した解説メッセージは以下の通りである。
 「2018年から一段と強化された米国ZEV規制、19年から発効する中国NEV規制を受けて、自動車業界の電動車開発が一段と加速しています。そこで最も重要なコンポーネントのひとつである電池、とりわけリチウムイオン電池は、技術開発、コスト低減、生産キャパ拡大に向けた投資戦略で、電池業界の競争が激しさを増しつつあります。
 本セッションでは、日本および韓国の電池企業から各社の現状や今後の展望、ビジネス戦略についてお話しいただきます。一方、2016年7月から適用された車載用電池の安全性に関する国連規則は、自動車業界や電池業界にとって重要な指標となっています。さらには中国のGB/T規格、各社の独自評価試験等、車載電池開発には大きな負荷がかかっています。受託試験から認証事業を国内にてワンストップで提供できるエスペック㈱は、各業界の開発効率を高める上で大きな役割を担っています。本構成により、関連業界各社にとっては有意義なセッションになるものと確信します。」
 安全性や信頼性が重要であることは言うまでもなく、国連規則にまで拡大され車載電池の認証を取得できなければ販売できない状況にある。電気自動車(EV)やEVバスでの火災事故が起きてきたこと、そして現在も発生していることから、規則が義務付けられることになった。
 以前のコラムでも記述したが、日本のEV等で市場での火災事故を発生したものはない。それは、自動車各社や電池各社が、国連規則以上に独自の厳しい基準を設定し、開発過程ですべてクリアしているからにほかならない。
 それに対し、火災事故が偏在しているのがテスラの「モデルS」と中国ローカルのEVタクシーやEVバスである。米国と中国市場では、国連規則ECE-R100.02 Part2の適用を強いられてはいないが、その分、それぞれで規格が適用されつつあるものの、規格の本格化が十分に進んだとは言えない。
 シンポジウムで自動車各社がプレゼンしたセッションでは、トヨタ自動車の安全性と電池性能の進化を追い求める全固体電池の研究開発、ホンダのモバイル電池パックシステムへの取り組み、独ダイムラー・シュトゥットガルト研究所の電池の安全性を最大に高めるための電池モジュール(単セルの集合体)からパックシステム(モジュールの集合体)に至る開発状況など、いずれも安全性を基本に開発している状況が説明されている。
 会場からの質問も多岐に亘ったが、技術開発面では安全性や信頼性に関する質問が多くを占めた。テスラの火災事故原因に対する質問も出たが、明確な回答は得られていない。それもそのはず、当事者であるテスラが明らかにしていないのだから無理もない。
 テスラのような新興ベンチャー企業や、電動化の歴史と開発が浅く、技術完成度が低い中国ローカルメーカーは、安全性に関する考え方を一段、二段と高めていくことが必要である。そのためには、ECE国連規則に類似した試験をクリアするのは必定だが、それよりも自主的に設定するよりハードルの高い限界試験など、日本の自動車各社が常に実施している独自の限界試験などをベンチマークして、安全性に関する検証と開発を早急に進めていくことが求められる。

2018/04/12

第116回コラム

テスラが抱える三重苦、経営危機に陥る?

技術経営――日本の強み・韓国の強み

自動車トップブランドとはどこに差があるのか?

2018年4月12日(木)

佐藤 登

 2018年度がスタートした。新たな企業戦略や企業方針策定のもと、チャレンジングな展望を進めるところ、着実な事業拡大を標榜するところ、保守的な戦略で安定を求めるところ――など各社各様であろう。
 そんな節目の時期に、いろいろな事態が生じている。自動車業界では自動運転と電動化を両輪として、激しい開発競争が繰り広げられている。そういう状況下でカリフォルニア州では、米テスラの自動運転車両が3月23日に死亡事故を起こした。運転支援機能であるオートパイロットが作動している中での死亡事故とされている。この事故は世界に衝撃をもたらした。
 この事故をどのように考えるべきなのか。日米欧のトップブランド各社が自動運転の開発に余念がない。それだけに留まらず、世界の大手自動車各社が自動運転を巡って覇権争いの状況を呈しつつある。そんな中での事故だった。

テスラが実証した自動運転覇権争いの弊害
 2016年8月、米フォード・モーターが21年までにレベル5の高度完全自動運転を実用化すると発信した。立て続けに、独フォルクスワーゲン(VW)と同BMWも同年の量産化を発表したことで、自動車業界に大きなインパクトを与えた。米国自動車技術会が定義した自動運転の定義を以下の図に示す。
 そして本年1月11日になると、米ゼネラルモーターズ(GM)がレベル5とはいかないが、基本的にドライバーに委ねないレベル4を19年に量産すると発表した。この報道は、21年と発表したフォード、VW、BMWの開発計画よりも時期が早く衝撃的であった。
 日本の自動車各社は、このような実用化時期に関しては明言していない。3月に発生したテスラの自動運転死亡事故を受けて、トヨタ自動車は暫し自動運転車の公道実験を中断すると発表した。かといって、欧州の自動車各社はこの事故を冷静に見ているし、地元の米国自動車各社も公道実験を中止するようなことは現時点で発信していない。
 とすれば、欧米自動車各社は、テスラの事故は起こるべくして起こっている、あるいは技術が未成熟なまま公道実験を急ぎ過ぎていると分析している可能性が高い。日本勢が公道実験を保留にしている間に、欧米勢がいち早くこのような量産化に向けて推進していけば、日本勢の立場は後手に回ってしまうだろう。
 それにしても、テスラの事故をどう見るかが重要だ。新興自動車ベンチャーとして見れば、既存のビッグ自動車各社と競合するには相当の覚悟が必要だ。その場合に必要とされる要件は、既存の大手企業を出し抜く突出した技術、そして既存企業が追い付いてこられないほどの開発スピード感だろう。少なくともこの要件のどちらかが必要になる。
 テスラにとっては前者のアドバンテージはもともとなかった。とすれば、勝負は後者のスピード感である。しかし、そこには熟成度や信頼性が高い次元で求められる。結果としては、その完成度が高くないままチャレンジしたことにほかならなかったと見るべきだろう。
 この教訓から考えるべきことは、今後の自動運転開発で世界の期待を裏切ってはいけないということだ。先進諸国の既存自動車各社は、このような事故を起こさないようにリスクヘッジしている。ドイツ勢は、自動車各社と政府筋との密な関係を築き法規策定や事故時の責任体制など、緻密に動いている。
 威信をかけて自動運転で世界をリードしようとしているドイツ勢も、米国各州で公道実験が認められているGMやフォードも、そして日本の自動車各社も公道実験は行ってきたが、信頼性には細心の注意を払っている。それだけに、これまでも重大事故を起こしてはいない。それに比べると、新興テスラは脇が甘いと言わざるを得ない。そこだけに留まらず、既存自動車各社が着実に展開している先進技術開発と実証試験に水を差すような事態を招いている。

甘く見た電気自動車大量生産の壁
 一方、テスラの「モデル3」における生産地獄、すなわち同社の目標生産台数とは全く乖離するほど生産台数が未達であること。この件に関しては既に、本年2月8日の筆者のコラム「窮地のテスラに立ちはだかる自動車トップ」で執筆した。
 その後の進展としては、本年1月から3月までの電気自動車(EV)の販売台数が2万9980台と日本経済新聞では報道されている。内訳は、「モデルS」が1万1730台、SUV「モデルX」が1万70台、そして「モデル3」が8180台とのこと。この数字は、17年10月から12月までの台数から増えているわけではないという。
 一方、「モデル3」の生産計画は遅延が繰り返される中、本年6月末までで週間5000台を目標にしている。同車種の生産台数は1~3月で9766台とされており、直近の3カ月対比で4倍になったという。しかし、1週間当たりの換算では約750台に相当するだけで、本年6月末までの目標である週5000台とは大きなギャップが存在する。すなわち、目標値の15%程度にとどまっている状況を鑑みれば、6月末までの目標計画も更に先延ばしになるものと予測される。
 大量生産に関する生産技術は奥が深いのである。既存のトップブランドメーカー各社が築いてきた歴史は、大量生産や多くの車種を同じ生産ラインで流す混合生産を含めて、長年の生産技術開発の努力によって具現化された実績なのである。そこに、新興テスラが超短期間で同様な大量生産を行おうとしたところに無理がある。
 日本の産業用ロボットの技術力とビジネス力は世界をリードする。ホンダが2013年に稼働させた埼玉県にある寄居工場は生産技術の粋を示すもので、世界トップレベルの自動化が具現されている。筆者はホンダOBの特権を生かして16年に同工場を見学できたが、筆者が入社直後に現場実習で体験した生産工場とは全く異次元の別世界であった。
 そこには長年培ってきた生産技術に関する拘りと開発、そして安川電機やファナックが得意とする産業用ロボット技術とのコラボ開発によって具現化されたプロセスが実力を発揮している。高度な生産技術が詰まった生産工場を目の当たりにして、筆者はいたく感動した。
 仮に、テスラのイーロン・マスクCEOが事前に、ホンダの寄居工場を視察する機会があったとしたら、無謀とも言える「モデル3」の短期大量生産には躊躇したのではないかと思う。さらには、少量生産方式で「モデルS」や「モデルX」の付加価値の高いハイエンドビジネスに集中していたのではないだろうかとさえ思う。

環境因子を悟れなかった腐食リコールのリスク
 自動運転での死亡事故、現状も続いている生産地獄、さらにこれらに輪をかけたのが腐食問題を発生させた最近の12万3000台に及ぶリコールだ。遡れば、腐食問題は日本勢の自動車各社も、1980年代前半に手痛い目にあった歴史がある。筆者がホンダに入社した直後に、「このままではホンダが潰れるかも知れない」とささやかれるほどの錆クレーム問題であった。トヨタ自動車もご多分に漏れず、同様な経験をしている。
 3月29日に報道された内容では、テスラの「モデルS」で、パワーステアリングのモーターを固定しているボルトが腐食したとのこと。その結果、機能不全に陥る可能性があるというリコール内容だった。対象車は2016年4月以前に生産されたものとのこと。17年末までの累計販売台数が約28万台だったことから、全累積生産の44%に及ぶ。
 そうこうしているうちに、4月9日のロイター通信によれば、同じ「モデルS」を中国でもリコールすることが報道された。同一内容でのリコールで、対象台数は8898台とのこと。リコール比率は47%にまで拡大する計算になる。そうならば、日本に輸入された「モデルS」は大丈夫なのか? 同様に、対象となっていない国や地域でのリコールは必要ないのか? 徹底した検証が必要となるはずだ。
 ここでふたつの疑問が生じる。ひとつは、16年4月以降に生産した「モデルS」が何故対象外なのか、ボルト仕様を変えたという話は筆者が知る限り伝えられていない。単に、それ以降の製品で腐食が起こっていないという理由で対象期間を設定したのではないだろうか。ならば何を根拠に16年以降は問題ないと言うのだろう。
 そしてもう1つの疑問。このボルト以外でも腐食問題が起こらないのか、いや起こる可能性があるということだ。筆者がホンダで腐食制御技術の開発を担ってきた経験からの推察である。
 腐食反応は時間的要素も伴う。詳細なメカニズムは省くとしても、この当該ボルトだけで済むことではないかもしれない。なぜなら腐食を起こし得る部品や部材は、自動車では多々あるからだ。その腐食環境と腐食リスクを十分に把握していたとは思えない。まして駆動系の部品であることから、この問題も重大事故につながる危険性をはらんだものだ。自動車各社の過去の塩害問題を十分にリビューできていなかったのは仕方のないことではあるかもしれないが、これは同社にとってかなり大きな試練となるだろう。
 以前、某外資系証券企業が六本木で大々的に主催した投資家への講演に招かれた。筆者がサムスンSDI在籍時の2009年から毎年、13年まで依頼され対応した。その中で、米国投資家の最大関心事項の1つに、テスラのEV事業があったことで、筆者には多くの意見を求められた。
 13年には、特定の米国投資家から意見を求められた。その場で筆者は、テスラのEV事業に対して否定的な考えを示した。例えば、「EVという範疇でも、新興勢力が既存ブランドメーカーに技術や信頼性ですぐに追いつくことはできないのではないか」「自動車の製品開発に信頼性は付き物で、そのノウハウに乏しいテスラが、一朝一夕に自動車勢力図をひっくり返すことはできないだろう」と。件の投資家は怪訝な顔をして、筆者の意見に反論することはあっても、賛同する場面はなかった。しかしどうだろう。今は、筆者が投資家に説明した通りになっているように見える。
 いずれにしても自動車業界のビジネスモデルは、人命に直接関わるもので、他の工業製品よりも圧倒的な信頼性と安全性が求められるものである。新興勢力として脚光を浴びてきたテスラであるが、信頼性、生産技術、品質という極めて重要な指標の中で大きな墓穴を掘っているように映る。
 年々拡大するテスラEV事業における赤字規模、悪化するキャッシュフローという財務上の大きな課題が経営を圧迫していることで投資家の意欲を削いでいる事実があるが、それ以前に、本当の「ものづくり」が、そもそもできているのであろうか。

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