Dr.Sato 佐藤登 Official Site

技術で未来を創る。

講演・寄稿のご依頼、お問い合わせはメールにてご連絡ください。
HOME > メディア・新聞記事 > 日経ビジネスオンライン

日経ビジネスオンライン

2018/05/11

第118回コラム

テスラのEV苦戦で考える新規参入のリスク

技術経営――日本の強み・韓国の強み

参入障壁の高低のみならず持続可能な戦略が不可欠

2018年5月10日(木)

佐藤 登

 4月26日のコラム、「テスラのEV事業、三重苦どころか五重苦に?」には多くのアクセスをいただいた。また、コメントも客観的で内容の濃いものを寄せていただいた。2回連続してテスラ関連の記事を発したが、その後も様々な話題があり、また課題も浮き彫りになっている。そういった点にも触れながら、今回の表題につなげていきたい。

悪化するテスラの経営状況
 5月1日の日本経済新聞で、テスラ株の空売りがヘッジファンドの間で話題になっていると報じられた。全株式に対する空売り比率が4月中旬に20%を超えて、2016年以来の高水準に達したとのこと。時価総額が100億ドル以上の米国企業で、空売り比率が20%を超えるのはテスラと他1社のみという。電気自動車(EV)「モデル3」の生産が計画値の5000台/週と大きな乖離を示していることで、空売り勢が攻勢をかけているとのことだ。

 また、5月4日の同新聞では、同社の赤字が更に拡大していると報じられた。テスラが5月2日に発表した18年1月~3月期決算は、最終損益で780億円の赤字となり、前年同期363億円だった赤字は2倍以上に膨らんだ。四半期として過去最大の赤字を記録したとのこと。金融業界では本年3月以降、同社の経営に対する懸念がささやかれるようになったとも。課題解消につながる好材料を見通せない状況が続いている。

新興勢力に対する参入障壁の度合い
 1990年代に日本が一世を風靡していたディスプレイ、家電群、半導体、太陽電池、リチウムイオン電池(LIB)などの勢力図は大きく変わった。その背景には、後発ながらも新興勢力が技術開発、人材スカウト、大規模投資などを積極的に進めてきた現実と実績がある。結果として、参入障壁の低いものほど、韓国、台湾、中国などのアジア勢が台頭してきた。以下、産業別に具体的に見ていく。

①ディスプレイ産業
 ディスプレイ産業では、10年以上前に日本から韓国に勢力がシフトした。しかし現在、その韓国勢にも課題が突きつけられている。 

 2006年から世界トップシェアを握ってきた薄型テレビ市場を例にとってみる。2500ドル以上のプレミアムテレビは、15年に76%を占めていた韓国勢が、17年には51.5%にまでシェアを落とした。このプレミアム市場でシェアを上げたのは日系企業で、15年の19.8%から17年には44.4%まで拡大した。この中には、韓LGディスプレイが日系企業のテレビ事業に供給した大型有機EL(エレクトロルミネセンス)パネルも貢献しただろうから、幾分、皮肉な結果になっている。

 逆張り的なビジネスモデルとしてとらえれば、LGディスプレイから有機ELパネルを調達しても、それだけで有機ELテレビの付加価値が形成できるのではないということだ。調達側での画像処理技術や制御技術による差別化で、商品の付加価値を高めていることが裏付けられる。

 現在、大型有機ELパネルはLGディスプレイの独壇場だが、日本のJOLEDが開発段階から量産段階までもたついている間に、中国でも開発が進んでおり、早晩、量産に踏み切ることが予想される。LGディスプレイは、先行利益を確保しているが、今後、中国企業が低価格な有機ELパネルを供給すれば、価格下落は必至だ。となると、後発のJOLEDにとっては、どのような勝利の方程式で正解を導くかが問われる。

 一方、ミドルレンジやローエンド系では、台湾や中国での液晶パネル事業が技術の進化と低価格化の実現で台頭してきた。中でも、低価格を武器に勢力拡大を図ってきたのが中国である。その結果、中国市場では独走していた韓国勢の液晶テレビも、シェアの低下を免れることはできなかった。中国市場で闘うためには、ローカル企業と同価格帯で対峙できる製品戦略が必要であることが示唆される。

②スマホ産業
 携帯・スマホ市場でも類似した現象が起きている。市場調査会社ストラテジーアナリティックス(SA)によれば、スマホの世界市場でトップシェアを誇る韓国サムスン電子の2018年の市場シェア予測は20.7%としている。この予測が現実になれば、昨年から0.4ポイント減になる。13年にはシェア32.3%を占めていたのだから大幅な落ち込みとなる。本年のスマホ販売量も3億1430万台と、昨年比で32万台の減少となる模様だ。

 同じ韓国勢のLG電子は、13年に4.8%と世界4位であったが、昨年にはトップ10から外れ、更に本年は3.5%にまで落ち込む予想とのこと。サムスン電子やLG電子の落ち込みも、取りも直さず中国勢の大躍進が大きな要因となっている。

 世界シェア3位から6位に名を連ねる中国スマホ企業のファーウェイ(華為技術)、オッポ、シャオミ(小米科技)、Vivoの4社は、13年の世界シェアが合計で10%程度だったのだが、本年は3倍強の31.7%にまで拡大するとの見通しがある。

 5年ほどの間になぜこれほど躍進できたのだろうか。そもそも、この製品は参入障壁が低かったことを意味する。その証拠に5年ほど前、参入障壁が低い様子を以下のようなジョークとして呟かれた。「中国では昨日までパン屋だった店が、今日からスマホショップに鞍替えした」。中国メーカーの技術進化と部品調達戦略、低コスト開発がそこに絡まって勢力を拡大させつつある。

③太陽電池産業
 参入障壁が低いといえば、太陽電池産業がその最たる例だろう。世界シェアトップを走っていた独Qセルズは2012年に経営破綻し、その後、韓国企業の傘下に入った。同様に、米国の太陽電池各社も経営破綻、そして日系企業も競争力を著しく低下させた。

 今や日系企業の間では、太陽電池のセル事業だけでは競争力を発揮できず、付加価値を訴求できるシステム事業に転換せざるを得ない状況に追いやられている。この要因は、太陽電池を生産する装置を調達さえすれば事業化が可能となる、いわゆるターンキー事業であることだ。

④LIB産業
 スマホや太陽電池ほど参入障壁が低くはないが、LIB産業の勢力図も変遷している。ターンキーだけでは事業の成功に結びつかないものの、今や中国における電池メーカーは大規模から小規模まで含めると1000社ほどあるとされている。

 歴史を遡れば、2007年までは日本の電池産業強国が維持されていた。ニッケル水素電池はもとより、LIBもモバイル用、車載用で圧倒的な存在感を示していた。1991年にソニーが世界初でLIB事業を立ち上げたことがきっかけとなり、三洋電機やパナソニックも追随した。LIBの基本特許は旭化成が握るなど、知財から量産技術に至るまで日本が他を制していたからである。

 07年を過ぎた頃には、日本の有効な基本特許も効力が弱まった。同時に、日本のLIB事業をベンチマークし、競争力を追求してきたサムスンSDIやLG化学が、技術開発加速、低コスト開発、品質確保、人材スカウト、積極的なマーケティング戦略など、多岐に亘る攻略にて世界シェアをじわじわと伸ばし始めた。その煽りを受けて日本の電池産業が存在感を低下していくことになる。

 更に、2013年を過ぎると中国のATL(本社は香港、開発と生産拠点が福建省にあるAmperex Technology Limited、TDKが資本参加)がモバイル用LIBで存在感を示すようになる。特に米アップルのスマホ事業と連結し、品質と低価格路線を武器に良好なビジネスを展開するようになった。結果として、日本勢も韓国勢もシェアの低下、利益率の低下により苦戦を強いられるようになった。

 車載用LIBでも似たようなビジネス構造になってきた。三洋電機が経営破綻したころから、LG化学が技術開発に力を注ぎながら世界的なマーケティング活動を展開し、顧客獲得に実績を伸ばしてきた。サムスンSDIも同様に開発とマーケティングで存在感を示すようになると、この韓国2強と闘える日本の電池企業はパナソニックのみとなってしまった。

 そこに今度は第三勢力として中国のCATL(Contemporary Amperex Technology Limited)が台頭する。最初からグローバルビジネスを標榜する同社は、世界から人材を集め、研究開発への大規模投資、世界各国の自動車企業へのマーケティング活動、さらには中国政府の支援を受けながらの生産キャパ拡大のための大規模投資を通じて勢いづいている。昨今、独BMWや独フォルクスワーゲン(VW)、韓国現代自動車との供給契約を交わすなど、存在感を一段と増している。

 自動車メーカーとの合弁企業を形成しないフリーな立場で車載LIBを事業とする企業群にあって、2017年には、パナソニック、LG化学、サムスンSDI、中国BYDと共にトップ5のグループを形成する。

 そのCATLが日本に拠点を構える話は以前から噂としてあったが、正式に日本に進出することが、5月9日の日本経済新聞で報じられた。報道内容によれば、5月下旬に横浜市に拠点を構えるとのこと。日系自動車各社との協業をしたたかに狙う同社の戦略に対し、日系電池各社がどう迎え撃つのか、その戦略が問われることになる。

 他方、日産自動車とNECとの合弁を形成していたオートモーティブエナジーサプライ(AESC)は、日産自動車側がAESCを手放したことで、17年8月には中国のファンド会社であるGSR傘下となった。本年4月末をもって、AESCエナジーデバイスと改称し、新たなビジネスモデルを構築する。

 親会社が中国企業となったことで経営資源も潤沢になり、大規模投資が可能となった。また、中国政府がEVへの補助金を拠出する前提として策定した「バッテリー模範基準認証」、いわゆる「ホワイトリスト」にも登録され、今後のビジネスモデルの拡大が期待されている。

 AESCが中国資本傘下になったことで、中国におけるLIB産業はAESCを更にベンチマークすることで、一層力を付けていくことは間違いないだろう。日本の電池業界がそれ以上に力を発揮していかなければ、中国企業のM&Aが今後も起こり得ることを暗示しているかのようだ。

⑤半導体産業
 日本の半導体産業が隆盛を誇っていたのは2000年以前のこと、そこから20年近くが経過した。韓国から米国に留学し、半導体工学を学び、米国の半導体企業にて実績を出した人材が韓国に戻り、韓国の半導体事業をけん引した。その典型的企業がサムスン電子である。

 日本のエレクトロニクス業界が大幅赤字を出している状況を横目に、サムスン電子は先端技術開発を推進しつつ、スピーディな大規模投資を図る戦略を推進し、現在は米インテルも抑えて半導体事業で世界トップに上り詰めた。半導体開発の生命線である線幅の微細化技術ではフロントランナーを担っている。

 一方、中国における国内半導体産業は存在感がない。線幅微細化などの高度先端技術ではサムスン電子には追随できていないことが理由だ。それを裏付けているのが、サムスン電子が西安市で稼働させている最先端の半導体生産工場である。中国の技術力では、サムスン電子をベンチマークしたとしても簡単には付いて来られないことを実感していたからこそ、中国に先端工場を建設稼働させたのである。

 4月26日にサムスン電子が発表した2018年1~3月の第1四半期実績によると、半導体事業の売上高は20兆7800億ウォン(約2兆780億円)、営業利益は11兆5500億ウォン(約1兆1550億円)を叩きだし、営業利益率は過去最高記録の55.6%を達成した。半導体市場の活況を追い風に、収益力を急速に高めている。

 サムスン電子は、先端技術開発と大規模投資の2大武器をもって、昨今の旺盛な需要に対して価格を自らコントロールできる強いビジネスを展開している。成功に導くビジネスモデルの模範事例と言えよう。

 そういう意味では、ソニーの画像センサーも同様の強いビジネスモデルを展開している。他の追随を許さないレベルでの技術開発と性能品質を顧客側が認めていることで、この領域では独壇場にある。結果として、ソニーの好業績に大きく貢献している成長事業として君臨している。

 同ビジネスを虎視眈々と狙っている他の企業もひしめく中、ソニーとしては今後も世界をリードする強い成長戦略に磨きをかけているに違いない。参入障壁が高いビジネスの典型として、そして日本企業のモデルとして存在感を出し続けてほしいし、できると思っている。

⑥ 自動車産業
 さて冒頭に述べたテスラと関連する自動車産業であるが、内燃機関(Internal Combustion Engine :ICV)を主体とする事業と、エンジンの無いEVとで分けて考える必要がある。ICVの歴史は100年以上にわたり、日米欧韓にはグローバルにビジネスを展開する自動車企業がひしめいている。今や資本提携や技術提携が進む中、今更新規参入にはチャンスはない。

 ましてや、ICVカテゴリーに入るハイブリッド車(HV)は、トヨタやホンダが得意としているが、機械駆動と電気駆動を同時に制御する技術は一段とハードルが高い。だからこそ、2018年から強化された米国のゼロエミッション自動車(Zero Emission Vehicle:ZEV)規制や、19年から適用される中国の新エネルギー自動車(New Energy Vehicle:NEV)規制では、HVがカウントされない扱いを受けた。NEV規制導入にあたって、中国政府は「エンジンがある自動車では先進諸国を相手に戦えないから、EVシフトを後押し」と明確に表現した。

 その点、EVは部品点数も30%ほど少なくなりシンプルであること、これまでは世界大手の自動車各社が本格的に推進してこなかったことで、参入障壁は極端に低くなった。だから、テスラ社を始め、BYDや中国ローカル自動車各社が一斉にEVシフトへ向かっている。

 確かに、EV部品の調達やEV組み立ては参入障壁として低いのは事実である。しかし、生産地獄に直面しているテスラのように、大量生産という世界ではICVとEVの間に差はなく、同じハードルになる。更には耐用年数が15年程度要求される自動車では、EVも例外とは認められない。この長期にわたる安全性や信頼性、そして耐久性を考えると、これは実績値の高いICVよりハードルが一層高くなるほどだ。

 既存の大手ブランドメーカー各社がEV事業に参入するのと、いきなりEVから事業をスタートさせる新規参入組とでは経験値が大きく違う。自動車としてのあるべき設計、安全性・信頼性を構築する開発プロセス、そして長期耐久性を保証できる技術開発については、考え方や取り組み姿勢に大きな差があるようだ。

 中国が典型的リーダーとして国策としているEVシフトは、そこまで考慮すれば決して参入障壁は低くないのである。中国を中心として、自動車生産の経験がない部品メーカーまでが参入しているEV事業であるが、外観や初期性能だけではなく、本来の品質確保と長期信頼性や耐久性にも力を注がないと、化けの皮はいずれ剥がれることになろう。

参入障壁度の分類と対応

 上記および関連事業の参入障壁レベルをマップにすると、以下のような図になる。

新規参入度と差別化との相関マップ

 参入障壁が高くないとして、中国では新規参入組のEVメーカーや車載用LIBメーカーが林立した。しかし、2010年以降に多発した中国でのEV火災事故で人命を奪った事故は記憶に新しい。すなわち、製品によっては長期信頼性や耐久性という時間軸で考える指標が更に必要ということである。

 先端技術やハイエンド系が得意な日系企業にとって、持続可能な成長事業を推進する戦略として、以下の3つのプロセスのいずれかが必要であるだろう。あるいはすべてを実行できれば、競争力は格段に向上すると考える。

①既存事業で独壇場にある先端製品においては、継続的に他社の追随を許さない断トツ製品に進化させる開発プロセスを構築する。

②ハイエンド系を武器に進めてきた製品を、新興国市場でそのままビジネスを行ってもうまく進めることができないことを実証した事例は山ほどある。アップルのスマホiPhoneでさえ、ハイエンドからローエンドまでラインアップを揃えて中国市場を攻略してきた。それでも、中国のローカルメーカーの追い上げで中国市場ではシェアを徐々に落としつつある。

 EV事業や車載用LIB事業が最も活発な中国市場では、試験機器製品もローカルメーカーが低価格品で牛耳ってきた。筆者が籍を置くエスペックでも、全世界の顧客開拓のために充放電サイクルテストのビジネスを確立すべく、新規参入ではあったが製品開発につなげた。当初より、先進国をターゲットにしたハイスペック製品でのビジネスモデルを構築したが、その製品で中国や韓国の顧客開拓をしようとしても、高価格帯製品では検討の土俵に上がらないことを筆者も幾度となく経験してきた。

 中国や韓国市場に攻勢をかけるため、昨年から各市場に応じた製品戦略を打ち出し開発に取り組んできた。本来、ハイスペック製品の開発ができるはずだ。取り組みの結果、2017年度には、低価格帯製品の開発に漕ぎ着けた。開発側の多岐に亘る努力が実り、ハイスペック版の半値に近い45%のコストダウンを実現した。

 この価格帯と、本来当社が強みとしている試験環境や電池の温度制御、信頼性、耐久性、低故障率を武器に付加価値を訴求すれば、中国や韓国市場でのビジネスを構築できる可能性が一段と高まることになる。

③上記の①や②を推進しつつも、いずれ時間が経過すればフォロワーが追い付くことは必至と念頭におくべきである。フォロワーが追い付くころには、更に先の次元で新たなビジネスを形成することが求められる。そのためには、先行研究開発への投資が不可欠だ。目先の事業効率や利益率の追求はもちろん重要だが、一歩二歩先の新たな世界を築く先行投資、しかし方向性を誤らない確度の高い技術経営が重要な指針となる。

 いずれにしても客観的に俯瞰し課題を抽出して取り込むこと、そして自らビジネスをリードできる力強い経営戦略を構築すること、そして積極果敢にチャレンジすることが、今後一層求められているのではないだろうか。

2018/04/26

第117回コラム

テスラのEV事業、三重苦どころか五重苦に?
技術経営――日本の強み・韓国の強み
車両火災事故を未然に防止するための安全性施策
2018年4月26日(木)
佐藤 登

 4月12日のコラム「テスラが抱える三重苦、経営危機に陥る?」に対して、多くのコメントをいただいた。内容に賛同する意見もあれば、真逆の意見もあった。コメントを寄せて頂いた方々にはお礼を申し上げたい。

テスラ問題、その後も浮上
 前回に引き続き、今回もテスラの件を分析してみたい。4月18日、MITテクノロジーレビューは、「テスラ、モデル3の生産を一時停止 ロボット依存見直しへ」と報道した。
 それによれば、テスラが「モデル3」の生産を中断するとのこと。イーロン・マスクCEOも認めているが、組み立てにおけるロボットへの過度の依存を是正するためという。4月第2週のCBSとのインタビューでマスクCEOは、「車両製造でロボットに大きく頼り過ぎた。テスラの過度の自動化は間違いだった」と語ったとされる。
 対象は、カリフォルニア州フリーモントにある「モデル3」の生産工場で、自動化の改善に取り組むため、4~5日間生産ラインを止めるという。社員は有給休暇を取るか、無給で自宅待機とのこと。生産ラインを一時停止させ、いくつかのロボットを生産ラインから撤去する模様だ。
 しかし、自動車技術に対する安全性への緩い考え(厳格な試験や確認を行わない中での自動運転による死亡事故、複数の国・地域で頻繁に起きている車両火災事故がそれを裏付ける)や脆弱な財務への懸念が重なって、多くの投資家が不安を抱くことは避けられないとも報じている。これも客観的事実としての説明である。
 一方、この内容とは全く違う話だが、4月19日のEngadget日本版では、「テスラの労働環境問題」が取り上げられている。それによれば、カリフォルニア州当局が、「『モデル3』生産工場での労働環境に関する調査を開始する」と発表したという。生産工場における災害発生件数に関して、過少報告の疑いが浮上しているとのことだ。
 テスラのフリーモント工場における災害件数が、かつては同業他社に比べて多いとされていたが、2017年の報告では「業界平均以下にまで災害件数が下がった」とされたことが調査のきっかけになったようだ。
 しかし、調査メディアのRevealがテスラの現社員や元社員の30人以上から聞き取りを行った結果、この災害件数は本来災害に数えられるべき事例をカウント対象外となる私傷病扱いにしていたことがわかったとしている。同社は、「テスラがこの記録件数を意図的に少なく報告した」と主張した。カリフォルニア州では、労働中に発生した応急手当や就労制限、失業の原因となる災害をすべて報告する義務が企業に課せられているようだ。
 災害から除外された事例としては、骨折や裂傷もあったという。「これが事実だとすれば労災隠しとなり、悪質と言わざるを得ない」と表現している。ブルームバーグによれば、カリフォルニア州労働安全衛生局は、この疑惑に対して正式に調査を開始したとのこと。この事案が明るみに出れば、前回のコラムで表現した「テスラが抱える三重苦」は「四重苦」に拡大する。いずれにしても、この案件も大いに気になるところであり、今後の調査結果に注目したい。

四重苦から五重苦への発展も?
 そしてさらには、追い打ちをかける状況が迫っている。それは、米国と中国政府が発した追加関税の対象品目に自動車が含まれていることだ。現在、テスラが中国市場で販売しているEVは全て米国製であるため、既に25%の輸入税が課せられている。さらなる関税の上乗せは、テスラの今後の輸出ビジネスに極めて大きな影響を及ぼすことになる。
 ブルームバーグのデータによれば、同社の中国市場における2017年の販売台数は1万4883台で、中国市場での全EVの3%程度、メーカーとしては10位。しかし、中国市場における同社の収益は全体の17%に相当したという。
 ならば、同社としては中国国内でのEV生産を早期に開始したいところだ。もともと、テスラは19年以降に中国生産工場への大規模な設備投資計画を発信していた。しかし、昨年から上海市政府と協議しているものの、現時点で投資は合意に至っていない。
 仮に合意が得られたとしても、この時点で同社が中国への投資を手がけることは得策ではない。というのも、米国での生産が全く軌道に乗っていないからだ。まずは、米国での生産計画を目標の週5000台に上げていくことが先決である。これ自体が大きな課題であることは、前回のコラムに記した通りである。それだけに、中国市場での販売ビジネスは今後も大きな難局を迎えることになり、「四重苦」にとどまらず、「五重苦」にまで発展する可能性さえある。

テクノフロンティアでのテスラの話題

 4月18日から20日まで、日本能率協会主催の「テクノフロンティア 2018」が幕張メッセで開催された。このイベントは、シンポジウムと展示会が同時に開催されているもので、シンポジウムは「磁気応用技術シンポジウム」「モータ技術シンポジウム」「電源システム技術シンポジウム」「バッテリー技術シンポジウム」「熱設計・対策技術シンポジウム」「EMC設計・対策技術シンポジウム」「センシング技術シンポジウム」「次世代自動車技術シンポジウム」の8分野で構成されている。
 最も長い歴史を持つのは「モータ技術シンポジウム」で、本年で第38回を迎えた。筆者が企画委員を務める「バッテリー技術シンポジウム」は、第26回を数えた。昨今の自動車の世界的な電動化の流れを受け、この2つのシンポジウムは昨年より参加者が急拡大した。「バッテリー技術シンポジウム」の参加者は約500人と、昨年より35%ほど多かった。
 自動車各社の電動化動向、電池業界の競争力、部材サプライチェーン、次世代革新電池の研究動向、自動車業界と電池業界からの直接的話題提供、そして電池の安全性や認証に関するビジネス動向など内容は多岐に亘った。
 企画委員として筆者が担当したセッション「車載用リチウムイオン電池の現状と安全性評価試験」における、電池本体と安全性に関する内容を訴求した解説メッセージは以下の通りである。
 「2018年から一段と強化された米国ZEV規制、19年から発効する中国NEV規制を受けて、自動車業界の電動車開発が一段と加速しています。そこで最も重要なコンポーネントのひとつである電池、とりわけリチウムイオン電池は、技術開発、コスト低減、生産キャパ拡大に向けた投資戦略で、電池業界の競争が激しさを増しつつあります。
 本セッションでは、日本および韓国の電池企業から各社の現状や今後の展望、ビジネス戦略についてお話しいただきます。一方、2016年7月から適用された車載用電池の安全性に関する国連規則は、自動車業界や電池業界にとって重要な指標となっています。さらには中国のGB/T規格、各社の独自評価試験等、車載電池開発には大きな負荷がかかっています。受託試験から認証事業を国内にてワンストップで提供できるエスペック㈱は、各業界の開発効率を高める上で大きな役割を担っています。本構成により、関連業界各社にとっては有意義なセッションになるものと確信します。」
 安全性や信頼性が重要であることは言うまでもなく、国連規則にまで拡大され車載電池の認証を取得できなければ販売できない状況にある。電気自動車(EV)やEVバスでの火災事故が起きてきたこと、そして現在も発生していることから、規則が義務付けられることになった。
 以前のコラムでも記述したが、日本のEV等で市場での火災事故を発生したものはない。それは、自動車各社や電池各社が、国連規則以上に独自の厳しい基準を設定し、開発過程ですべてクリアしているからにほかならない。
 それに対し、火災事故が偏在しているのがテスラの「モデルS」と中国ローカルのEVタクシーやEVバスである。米国と中国市場では、国連規則ECE-R100.02 Part2の適用を強いられてはいないが、その分、それぞれで規格が適用されつつあるものの、規格の本格化が十分に進んだとは言えない。
 シンポジウムで自動車各社がプレゼンしたセッションでは、トヨタ自動車の安全性と電池性能の進化を追い求める全固体電池の研究開発、ホンダのモバイル電池パックシステムへの取り組み、独ダイムラー・シュトゥットガルト研究所の電池の安全性を最大に高めるための電池モジュール(単セルの集合体)からパックシステム(モジュールの集合体)に至る開発状況など、いずれも安全性を基本に開発している状況が説明されている。
 会場からの質問も多岐に亘ったが、技術開発面では安全性や信頼性に関する質問が多くを占めた。テスラの火災事故原因に対する質問も出たが、明確な回答は得られていない。それもそのはず、当事者であるテスラが明らかにしていないのだから無理もない。
 テスラのような新興ベンチャー企業や、電動化の歴史と開発が浅く、技術完成度が低い中国ローカルメーカーは、安全性に関する考え方を一段、二段と高めていくことが必要である。そのためには、ECE国連規則に類似した試験をクリアするのは必定だが、それよりも自主的に設定するよりハードルの高い限界試験など、日本の自動車各社が常に実施している独自の限界試験などをベンチマークして、安全性に関する検証と開発を早急に進めていくことが求められる。

2018/04/12

第116回コラム

テスラが抱える三重苦、経営危機に陥る?

技術経営――日本の強み・韓国の強み

自動車トップブランドとはどこに差があるのか?

2018年4月12日(木)

佐藤 登

 2018年度がスタートした。新たな企業戦略や企業方針策定のもと、チャレンジングな展望を進めるところ、着実な事業拡大を標榜するところ、保守的な戦略で安定を求めるところ――など各社各様であろう。
 そんな節目の時期に、いろいろな事態が生じている。自動車業界では自動運転と電動化を両輪として、激しい開発競争が繰り広げられている。そういう状況下でカリフォルニア州では、米テスラの自動運転車両が3月23日に死亡事故を起こした。運転支援機能であるオートパイロットが作動している中での死亡事故とされている。この事故は世界に衝撃をもたらした。
 この事故をどのように考えるべきなのか。日米欧のトップブランド各社が自動運転の開発に余念がない。それだけに留まらず、世界の大手自動車各社が自動運転を巡って覇権争いの状況を呈しつつある。そんな中での事故だった。

テスラが実証した自動運転覇権争いの弊害
 2016年8月、米フォード・モーターが21年までにレベル5の高度完全自動運転を実用化すると発信した。立て続けに、独フォルクスワーゲン(VW)と同BMWも同年の量産化を発表したことで、自動車業界に大きなインパクトを与えた。米国自動車技術会が定義した自動運転の定義を以下の図に示す。
 そして本年1月11日になると、米ゼネラルモーターズ(GM)がレベル5とはいかないが、基本的にドライバーに委ねないレベル4を19年に量産すると発表した。この報道は、21年と発表したフォード、VW、BMWの開発計画よりも時期が早く衝撃的であった。
 日本の自動車各社は、このような実用化時期に関しては明言していない。3月に発生したテスラの自動運転死亡事故を受けて、トヨタ自動車は暫し自動運転車の公道実験を中断すると発表した。かといって、欧州の自動車各社はこの事故を冷静に見ているし、地元の米国自動車各社も公道実験を中止するようなことは現時点で発信していない。
 とすれば、欧米自動車各社は、テスラの事故は起こるべくして起こっている、あるいは技術が未成熟なまま公道実験を急ぎ過ぎていると分析している可能性が高い。日本勢が公道実験を保留にしている間に、欧米勢がいち早くこのような量産化に向けて推進していけば、日本勢の立場は後手に回ってしまうだろう。
 それにしても、テスラの事故をどう見るかが重要だ。新興自動車ベンチャーとして見れば、既存のビッグ自動車各社と競合するには相当の覚悟が必要だ。その場合に必要とされる要件は、既存の大手企業を出し抜く突出した技術、そして既存企業が追い付いてこられないほどの開発スピード感だろう。少なくともこの要件のどちらかが必要になる。
 テスラにとっては前者のアドバンテージはもともとなかった。とすれば、勝負は後者のスピード感である。しかし、そこには熟成度や信頼性が高い次元で求められる。結果としては、その完成度が高くないままチャレンジしたことにほかならなかったと見るべきだろう。
 この教訓から考えるべきことは、今後の自動運転開発で世界の期待を裏切ってはいけないということだ。先進諸国の既存自動車各社は、このような事故を起こさないようにリスクヘッジしている。ドイツ勢は、自動車各社と政府筋との密な関係を築き法規策定や事故時の責任体制など、緻密に動いている。
 威信をかけて自動運転で世界をリードしようとしているドイツ勢も、米国各州で公道実験が認められているGMやフォードも、そして日本の自動車各社も公道実験は行ってきたが、信頼性には細心の注意を払っている。それだけに、これまでも重大事故を起こしてはいない。それに比べると、新興テスラは脇が甘いと言わざるを得ない。そこだけに留まらず、既存自動車各社が着実に展開している先進技術開発と実証試験に水を差すような事態を招いている。

甘く見た電気自動車大量生産の壁
 一方、テスラの「モデル3」における生産地獄、すなわち同社の目標生産台数とは全く乖離するほど生産台数が未達であること。この件に関しては既に、本年2月8日の筆者のコラム「窮地のテスラに立ちはだかる自動車トップ」で執筆した。
 その後の進展としては、本年1月から3月までの電気自動車(EV)の販売台数が2万9980台と日本経済新聞では報道されている。内訳は、「モデルS」が1万1730台、SUV「モデルX」が1万70台、そして「モデル3」が8180台とのこと。この数字は、17年10月から12月までの台数から増えているわけではないという。
 一方、「モデル3」の生産計画は遅延が繰り返される中、本年6月末までで週間5000台を目標にしている。同車種の生産台数は1~3月で9766台とされており、直近の3カ月対比で4倍になったという。しかし、1週間当たりの換算では約750台に相当するだけで、本年6月末までの目標である週5000台とは大きなギャップが存在する。すなわち、目標値の15%程度にとどまっている状況を鑑みれば、6月末までの目標計画も更に先延ばしになるものと予測される。
 大量生産に関する生産技術は奥が深いのである。既存のトップブランドメーカー各社が築いてきた歴史は、大量生産や多くの車種を同じ生産ラインで流す混合生産を含めて、長年の生産技術開発の努力によって具現化された実績なのである。そこに、新興テスラが超短期間で同様な大量生産を行おうとしたところに無理がある。
 日本の産業用ロボットの技術力とビジネス力は世界をリードする。ホンダが2013年に稼働させた埼玉県にある寄居工場は生産技術の粋を示すもので、世界トップレベルの自動化が具現されている。筆者はホンダOBの特権を生かして16年に同工場を見学できたが、筆者が入社直後に現場実習で体験した生産工場とは全く異次元の別世界であった。
 そこには長年培ってきた生産技術に関する拘りと開発、そして安川電機やファナックが得意とする産業用ロボット技術とのコラボ開発によって具現化されたプロセスが実力を発揮している。高度な生産技術が詰まった生産工場を目の当たりにして、筆者はいたく感動した。
 仮に、テスラのイーロン・マスクCEOが事前に、ホンダの寄居工場を視察する機会があったとしたら、無謀とも言える「モデル3」の短期大量生産には躊躇したのではないかと思う。さらには、少量生産方式で「モデルS」や「モデルX」の付加価値の高いハイエンドビジネスに集中していたのではないだろうかとさえ思う。

環境因子を悟れなかった腐食リコールのリスク
 自動運転での死亡事故、現状も続いている生産地獄、さらにこれらに輪をかけたのが腐食問題を発生させた最近の12万3000台に及ぶリコールだ。遡れば、腐食問題は日本勢の自動車各社も、1980年代前半に手痛い目にあった歴史がある。筆者がホンダに入社した直後に、「このままではホンダが潰れるかも知れない」とささやかれるほどの錆クレーム問題であった。トヨタ自動車もご多分に漏れず、同様な経験をしている。
 3月29日に報道された内容では、テスラの「モデルS」で、パワーステアリングのモーターを固定しているボルトが腐食したとのこと。その結果、機能不全に陥る可能性があるというリコール内容だった。対象車は2016年4月以前に生産されたものとのこと。17年末までの累計販売台数が約28万台だったことから、全累積生産の44%に及ぶ。
 そうこうしているうちに、4月9日のロイター通信によれば、同じ「モデルS」を中国でもリコールすることが報道された。同一内容でのリコールで、対象台数は8898台とのこと。リコール比率は47%にまで拡大する計算になる。そうならば、日本に輸入された「モデルS」は大丈夫なのか? 同様に、対象となっていない国や地域でのリコールは必要ないのか? 徹底した検証が必要となるはずだ。
 ここでふたつの疑問が生じる。ひとつは、16年4月以降に生産した「モデルS」が何故対象外なのか、ボルト仕様を変えたという話は筆者が知る限り伝えられていない。単に、それ以降の製品で腐食が起こっていないという理由で対象期間を設定したのではないだろうか。ならば何を根拠に16年以降は問題ないと言うのだろう。
 そしてもう1つの疑問。このボルト以外でも腐食問題が起こらないのか、いや起こる可能性があるということだ。筆者がホンダで腐食制御技術の開発を担ってきた経験からの推察である。
 腐食反応は時間的要素も伴う。詳細なメカニズムは省くとしても、この当該ボルトだけで済むことではないかもしれない。なぜなら腐食を起こし得る部品や部材は、自動車では多々あるからだ。その腐食環境と腐食リスクを十分に把握していたとは思えない。まして駆動系の部品であることから、この問題も重大事故につながる危険性をはらんだものだ。自動車各社の過去の塩害問題を十分にリビューできていなかったのは仕方のないことではあるかもしれないが、これは同社にとってかなり大きな試練となるだろう。
 以前、某外資系証券企業が六本木で大々的に主催した投資家への講演に招かれた。筆者がサムスンSDI在籍時の2009年から毎年、13年まで依頼され対応した。その中で、米国投資家の最大関心事項の1つに、テスラのEV事業があったことで、筆者には多くの意見を求められた。
 13年には、特定の米国投資家から意見を求められた。その場で筆者は、テスラのEV事業に対して否定的な考えを示した。例えば、「EVという範疇でも、新興勢力が既存ブランドメーカーに技術や信頼性ですぐに追いつくことはできないのではないか」「自動車の製品開発に信頼性は付き物で、そのノウハウに乏しいテスラが、一朝一夕に自動車勢力図をひっくり返すことはできないだろう」と。件の投資家は怪訝な顔をして、筆者の意見に反論することはあっても、賛同する場面はなかった。しかしどうだろう。今は、筆者が投資家に説明した通りになっているように見える。
 いずれにしても自動車業界のビジネスモデルは、人命に直接関わるもので、他の工業製品よりも圧倒的な信頼性と安全性が求められるものである。新興勢力として脚光を浴びてきたテスラであるが、信頼性、生産技術、品質という極めて重要な指標の中で大きな墓穴を掘っているように映る。
 年々拡大するテスラEV事業における赤字規模、悪化するキャッシュフローという財務上の大きな課題が経営を圧迫していることで投資家の意欲を削いでいる事実があるが、それ以前に、本当の「ものづくり」が、そもそもできているのであろうか。

2018/03/23

第115回コラム

新社会人がキャリアを形成するために必要なこと
技術経営――日本の強み・韓国の強み
企業人としての40年の経験から抽出できたものとは
2018年3月22日(木)
佐藤 登

 4月を目前にし、新社会人となる方々にとっては人生の大きな節目を迎えることになる。3月中旬の段階で、本年卒業しようとしている大卒以上の就職率は91.2%に達しているというから、日本の好調な景気環境を映し出している。2008年のリーマンショック直後の極めて大変な就職氷河期を経験した当事者達から見れば、何とも羨ましい状況に映っていることだろう。
 閉幕した平昌(ピョンチャン)オリンピックとパラリンピックでは、日本人の大活躍で大きな成果をあげ、日本はもちろん世界にも感動を届けた。正に、2年後の東京オリンピックでの更なる活躍に繋がる道筋を付けたことになる。同年代の新社会人も、大きな刺激を受け鼓舞されたであろうし、自分自身も頑張ろうと思う意識が更に強くなったのではないだろうか。
 一方、世界を取り巻く情勢として、相変わらず政治情勢の不安定な中東やアフリカ、緊張状態が最高レベルにある米国と北朝鮮関係、さらには神経剤の使用によって、ロシアのスパイとその娘を暗殺したとするイギリス側のロシアに対する厳しい非難から、両国間の対立が悪化している情勢など、政治的問題があちこちに点在している。いずれも、グローバルな国家間関係に進展する問題が突き付けられている。
 経済的側面では、各国の輸入製品に大きな関税をかけようとしているトランプ政権、それに抗う欧州勢の逆制裁の検討、そして鉄鋼やアルミ製品などを中心に、日本製品も対象になるかもしれないなど緊迫感が漂う。また、圧倒的勝利のもとで続投となったプーチン政権のロシアは、経済的貧困層の拡大と若者の政権離れが進行している。
 このような一連の世界情勢を垣間見れば、往々にして豊かさを実感できる日本は、仕事のしやすさでもトップレベルにあるだろう。きっと新社会人諸君は、夢と希望を抱きつつ社会に羽ばたこうとしているものと思う。しかし、仕事環境が整っているとしても、気を引き締めて取り組む姿勢が求められる。結局は、本人自身の意識と活力、そして自身が自身のためにどう取り組もうとしているのかが問われている。
 就職環境の逆境下時代でも大きな成果をあげている企業や個人もいれば、仕事環境が良好であるにも拘らず企業や個人の成果に結び付けられていない事例もある。

新社会人時代を振り返れば
 筆者が社会人になったのは、今から40年前の1978年4月1日。当時はオイルショックの影響下にあり、化学系企業は採用を控えていた時代。化学を専攻していた筆者の選択は非化学系企業を対象にしたものの、即決とはならず、結局はホンダに入社。その時、筆者は、「将来の自動車産業界には、化学系や材料系の人材が活躍できる場が、いずれ到来するはず」というモチベーションを自らもったことで、それを仕事の原動力とした。
 もうひとつの原動力は、創業者・本田宗一郎の名言。「会社のためではなく自分のために仕事しろ」「技術論議に上下関係は無い」「信念をもって仕事に臨め」等々、当時の企業経営の中では異論ともいえる目が覚めるほどの格言に共感したことであった。
 その筆者の思いや考えは、将来ではなく、ホンダが抱える大きな課題を解決するためにすぐに実践すべきときがやってきた。日本の自動車業界が欧米等に輸出を始めてほどない数年後のこと。冬季に道路に散布する塩化カルシウムを主とする凍結防止剤によって、自動車が塩にまみれて大変な腐食問題を起こしたのである。これはホンダのみならず、トヨタをはじめ輸出を開始した自動車各社が経験した大変な問題であった。この問題が解決され、市場で評価を受けるようになったのは1985年頃である。
 1年間の現場実習を終え、1979年4月に三重県鈴鹿製作所の塗装部門に正式配属された。全く予期していなく、考えてもいなかった配属先にがっかりして塞ぎ込んでいた時に、その大きな問題と業務が降りかかってきた。
 この腐食問題が全ホンダ事業所の課題だった。「年間30億円のクレーム費が流出する錆問題がこのまま続けば、ホンダが潰れる」と言うトップメッセージの下、事業所間を横断する大プロジェクトに発展し、筆者も配属直後にこのメンバーとして加わることになった。電気化学を専攻していた筆者にとっては、活躍できる分野と直感したのも事実である。力を発揮できる課題にタイミング良く関わることができたことで、これをチャンスとしようとしたのである。
 結局、数年はかかったが、自分の論理を組み立て、技術立証を行いつつ根本的対策技術を打ち出した。材料設計と生産技術を主体に、量産技術を確立したことで、数年に亘る腐食問題に終止符を打つことができた。プロジェクトに携わっていた初期の頃には、腐食環境と実態調査のためにオランダに半年ほど長期滞在した。その経験から、「あらゆる事象は、それが起こっている現場で直接確認すること、そしてどのような対応策が適しているのかを自ら実験考察し、立証・提案すること」の大切さを実感した。
 この成果は会社からも評価され、1988年の記念式典での表彰、そして次へのステップのチャンスを提供してくれた。当時の鈴鹿製作所所長であった吉野浩行常務から直接、「大きな成果を出したのだから、次は何処に行って何のテーマに取り組んでも良いから、自ら提案しなさい」と、自由度という贈り物をいただいた。

生産技術の現場から最上流の基礎研究部門への異動
 「いろいろ相談しながら提案しなさい」という吉野常務の言葉を踏まえ、最終的に提案したのが埼玉県和光市にある基礎研究部門の和光研究センターへの異動であった。その理由は、「21世紀を迎えれば、自動車産業は環境問題やエネルギー問題などに直面し、化学系や材料系人材が今以上に必要になる。取り組むべき課題も必然的に拡大する」と考えたからである。
 1990年2月に基礎研究部門へ異動となる。ここでも、タイミングの重要性を本当に実感した。一部の研究テーマに関わりつつも、自ら主体で進めるテーマ探しをしていた後半の9月に、米国カリフォルニア(CA)州でゼロエミッション自動車(ZEV)法規が発効し、世界に衝撃をもたらした。CA州で販売量での実績を有していたホンダ、トヨタ自動車および日産自動車の3社が、日系ではZEV法規の対象となったからである。
 ZEV法規では、1998年にCA州へ供給するクルマの一定台数を電気自動車にすることを課せられた。まずは電池やモーターなどの基幹部品の研究から着手することになる。腐食問題を解決した筆者に、車載用電池研究開発の責任者となる業務指示が出た。これも筆者にとっては「渡りに船」だった。人材も研究設備も、研究スペースも無いゼロベースからスタートしたこの大プロジェクトを、最初から責任者として関われたタイミングの良さを実感した。
 ここでも、「自分のキャリアなら成果を出せる」と考え、自身を鼓舞させた。その後、多くの研究開発を通じて知見を得つつ、その論理展開に反論される逆境を浴びながらも自分の信念を貫き、業務を遂行した。その結果、ホンダでの居場所を失うことになったが、それは今でも後悔していない。むしろ、次への飛躍になる転換点となったのである(2013年8月8日公開の「企業戦略に振り回される技術者」参照)。

サムスンへの移籍が大きな刺激とやる気に
 縁があって2004年9月に、韓国財閥サムスングループのエネルギー部門を担うサムスンSDIの常務として移籍した。そこでも、ホンダでのキャリアを軸にして業務の連続性を展開した。確かに、日本企業とは異なる文化に戸惑うことも少なからずあったものの、この経験はまた大きな価値観を筆者にもたらした(2013年8月22日公開の「サムスン移籍の理想と現実」参照)。
 考え方や業務の進め方で、同方向のベクトルを共有する韓国人役員もいたし、対立する関係にある役員も同等にいる中で、自身の論理や信念を曲げることはしなかった。ホンダでの経験、とりわけ信念の維持を基本に、反論意見を展開する幹部たちとの論理的闘いなどを経験した8年4カ月のサムスン人としての期間は、現在の筆者にとっては大きなキャリア財産となっている。

新社会人に届けたいキーワード
 筆者自身の40年間における企業人としての経験から、これから新社会人になる方々へ、届けたいキーワードループを以下のようにまとめてみた。

 流されない、ぶれない信念の貫きを起点・原点としていただきたい。ここが体幹であり軸になるからだ。その下で、不断の努力を惜しまないこと。努力は直接携わる業務のみならず、他の自己研鑽も必要だろう。
 それを通じて、大きな成果でなくても、小さくても良いから成果を導くこと。成功体験がなければキャリアの拡大にはならないから、常に成果導出を意識すること。それによって達成感や充実感に結びつけられる。
 そういうプロセスで自身のキャリアが形成される。キャリアは自身の武器となる。所属する企業や機関で、あるいは転職や転社においても、そして起業するうえでも、キャリアは最大の武器になる。逆に、キャリアを積まないと道は開けない。
 結局は、「自身が目指す自己実現とは何か?」を意識し、それに向かっている自分を発掘することに繋げて頂きたい。そして、信念を再確認するような循環ループである。
 筆者の実社会での経験と、そこから誘導した考えを記述したが、少しでも参考にしていただけたら幸いである。

2018/03/08

第114回コラム

合弁が難しい電池事業、韓国勢はフリーを選ぶ

技術経営――日本の強み・韓国の強み

電池業界の勝ち組になるための個社戦略は?

2018年3月8日(木)

佐藤 登

 2月28日から3月2日まで東京ビッグサイトで、新エネルギーに関する展示会「スマートエネルギーWeek」が開催された。二次電池展、水素・燃料電池展、太陽電池展などエネルギー関連の展示会に多くの参加者が駆け付けた。参加者登録だけで7万人を超え、海外からも8000人以上が参加すると言う盛況ぶりであった。
 参加者の所属機関や参加者自身を眺めれば、この業界でどういう動きになっているのかが伺い知れる。二次電池展では、海外勢はやはり中国、韓国が多く、欧州がそれに続く格好だ。二次電池では、欧米および中国市場での車載事業が活発になっていることがわかる。
 また、部材メーカーの展示ブースよりも、設備メーカーや試験機器メーカーの方に見学者が流れている傾向がある。それは、電池開発から生産技術開発というゾーンよりも、電池製造や品質確認と言うゾーンに関心の中心が移ってきたことを物語っている。
 昨今の中国NEV(New Energy Vehicle)規制、米国ZEV(Zero Emission Vehicle)規制、欧州CO2規制が絡み合い、自動車業界と電池業界は激動の中にいる。戦略、駆け引き、更には策略と言ったところまで、なかなか大変な状況に陥っている。
 これまで、どの自動車メーカー系列にも属さない電池メーカー間のランキングは、パナソニック、韓国LG化学、韓国サムスンSDI、中国CATL(Contemporary Amperex Technology Limited)、中国BYDであった。直近の状況は、パナソニック、LG化学、CATL、BYD、サムスンSDIという見方もある。それだけ、中国勢が躍進している。
 自動車の電動化シフトが進むことで、自動車業界、Tier1と電池業界における合弁事業や合弁事業解消など、動きが活発になっている事例が多々ある。以下に代表的な動きをまとめてみる。

(1)進むトヨタとパナソニックの協業
 1996年12月まで遡るが、当時のトヨタ自動車とパナソニックが、ニッケル水素電池の合弁事業をスタートさせた。パナソニックEVエナジー(PEVE)として協業を開始した(出資比率はトヨタ60%、パナソニック40%)のである。この時点で、最も動揺したのがホンダであった。と言うのも、トヨタと同様にホンダも97年には、当時の松下電池製ニッケル水素電池を搭載する電気自動車(EV)を米カリフォルニア州に供給する予定で、その直前の出来事だったからだ。
 この時、筆者はホンダ側のEV用ニッケル水素電池の開発責任者だったが、ホンダに対して何の事前説明もないままでの協業提携発表に関係者は不信の念を抱いた。その結果、ホンダでの以降のHV用電池の開発から調達戦略では、サプライチェーンを変える必要性が生じてくることになった。
 1997年12月にトヨタが世界で初めて市場に供給した「プリウス」は、PEVEで開発~生産された円筒型ニッケル水素電池を搭載した。そして、2000年には角型ニッケル水素電池に切り替え、現在もPEVEは角型に特化した電池開発から製造に軸を置いている。
 ホンダの最初のHVは、99年12月に発売された「インサイト」であったが、適用したニッケル水素電池は、松下電池工業の茅ヶ崎事業所で生産された円筒型ニッケル水素電池とした。これは、トヨタの息がかかっているPEVEからの調達を避ける戦略的判断であった。
 もっとも、インサイトへのエネルギー貯蔵主電源としては、大容量キャパシタを適用するビッグプロジェクトとして進められていた。しかし、技術判断する側と開発チーム側双方の論理に即しない無理な展開が強引に進められていた。「技術は嘘をつかない」と言う筆者の論理とともに、このプロジェクトは2006年に白旗を上げ、幕を閉じ、闇に葬られた。これについては、本コラム「企業戦略に振り回される技術者(2013年8月8日公開)」でも取り上げた。
 その後のホンダにおけるHV用ニッケル水素電池開発は、パナソニック系列から脱却する目的で、東芝との共同開発に切り替え、より性能や競争力の高いニッケル水素電池の開発に成功した。しかし、2000年に東芝が三洋電機に本電池事業を売却したことで、ホンダも方向転換を迫られた。結果として、東芝とホンダが開発した高性能ニッケル水素電池の技術が三洋電機に移植され、その後に、ホンダは三洋電機のニッケル水素電池を調達すると言うシナリオにたどりつくことになる。
 そのトヨタ側のPEVEに対する方針転換としては、2010年に出資比率をトヨタ80.5%、パナソニック19.5%として主導権を強化した。同時に「プライムアースEVエナジー(PEVEの表記は維持)」として新たな出発を果たした。また13年には、中国江蘇州常熟市に「トヨタエナジーシステム」を設立し、ニッケル水素電池パック事業を、そして14年には同地域に「科力美オートモーティブバッテリー」を設立し、セルからモジュール事業を立ち上げ、トヨタのHVに供給している。
 時が経過し、2017年12月13日にトヨタとパナソニックが、今度は車載用角型リチウムイオン電池(LIB)で協業する記者会見を開いた。ニッケル水素電池での協業から約20年の時を経て発信したこの提携劇は、自動車業界や電池業界に大きな波紋を投じた。中でも、15年にパナソニックのLIBを第二サプライヤーとして調達戦略を定めたホンダにとっては、96年に続く第2の衝撃となったはずである。
 上述したニッケル水素電池協業でのこれまでの実績を勘案すれば、トヨタとパナソニックのLIB事業での協業も自然の流れとも言える。両者間の事業ポートフォリオについては、現在検討中で詳細は明らかにされていないが、ニッケル水素電池事業と類似したビジネスモデルに発展する可能性はあるだろう。
 ただし、これまで角型LIB事業を特定の自動車メーカーに縛られず、フリーな立場を維持推進してきたパナソニックにとっては、これまで強いビジネスを構築してきたホンダや、米フォード・モーター、独フォルクスワーゲン(VW)との距離をどのようにとるのか、その戦略が問われるだろう。

(2)日産とNECの協業終止符から新たな展開へ
 2007年4月に設立された日産自動車とNECの合弁事業は、オートモーティブエナジーサプライ(AESC)としてスタートした。10年12月の日産初の量産EVである「リーフ」をはじめ、日産の電動車事業に貢献してきた。相模原市にあるNECエナジーデバイスで製造されるLIB電極をAESCに供給し、LIB完成品に仕立てるビジネスモデルである。
 しかし、電池業界間でのAESCの競争力不足感、および調達先を拡大することでの自由度確保とコスト低減などを理由に、日産は2016年夏にAESCの事業売却を決断した。1年の時間を費やし、AESCとNECエナジーデバイスは日産およびNECの本体から切り離された。17年夏に中国のファンド企業GSRに事業売却され、親会社は中国企業と言う形になった。4月1日付けをもって、「AESCエナジーデバイス」として再スタートする模様だ。
 NECエナジーデバイスは、電池工業会の正会員としても日本に貢献してきた。親会社が中国企業となったとしても、事業は国内で維持継続されることから、電池工業会の正会員としても継続されるとのこと。
 また今回、日産との資本関係が途切れたことで、フリーの立場を貫けるメリットも少なからずあるように見える。ひとつは、目下EVシフトの先端を走る中国市場で、中国の資本傘下になったことでビジネスモデルが大きく変わること。中国では補助金を受けられるエコカーの対象は、中国政府が認可した「バッテリー模範基準認証」、すなわちホワイトリストに登録された電池メーカーのLIBを搭載した場合に限られる。昨年後半、AESCは親会社が中国企業になったことからホワイトリストに登録された。これで補助金を受けようとする中国自動車各社にとって、調達先が増えたことになる。
 中国の自動車業界のみならず、日米欧韓の自動車各社にとっても調達戦略として活用できる。日産の中国におけるEV用LIBをはじめ、仏ルノーや現代自動車にとっても都合が良い。ルノーはこれまで韓LG化学のLIBと一部AESCのLIBを適用してきたからである。
 一方、現代自動車はLG化学製LIBを中心に事業展開してきた。しかし、LG化学がホワイトリストから排除されている現状は、ルノーと現代自動車の中国EV事業にとってLG化学は戦力外となる。LG化学が開発~生産しているラミネート構造の大手電池メーカーは、ほかにはAESCだけであることを考慮すれば、両自動車メーカーにとって使いやすいAESCのLIBが調達できることになる。これは米ゼネラルモーターズ(GM)においても同じシナリオになる。
 現時点でホワイトリストに登録されている電池メーカーの中で、最も安全性・信頼性が高いのがAESCである。なぜなら、AESCのLIBが搭載された電動車での市場における火災事故例は無いことがその証明である。リーフだけでも累積で30万台を超えた段階で火災事故が無い実績は、中国ローカルのホワイトリスト群の電池各社に対して、とても大きな存在となり強い競争力を示すものである。
 中国の電池メーカーで存在感を示すCATLやBYDにとっては大きな競合相手となり得、中国のTop3としての位置づけを確保するに違いない。
 このような環境変化を考慮すれば、AESCエナジーデバイスにとっては大きな事業拡大が見込まれる。現在、中国市場での新たな事業拠点設立に向けて準備しているようであるが、上記のような事業背景を考慮すると中国拠点を構えない手はないと言えるだろう。

(3)GSユアサと三菱、ホンダとの合弁における課題
 ジーエス・ユアサコーポレーション(GSユアサ)との協業をいち早く推し進めたのは三菱自動車だ。EV用およびプラグインハイブリッド車(PHV)用LIBの開発~生産に関するビジネスモデルで、三菱自動車とのつながりを高めた。三菱商事も加わる協業の合弁企業をリチウムエナジージャパン(LEJ)と命名し、2007年に設立した。
 2009年に発売した三菱自動車のEVである「iMiEV」および13年に発売したPHV「アウトランダー」に、それぞれ供給してきた。iMiEVは市場での人気度と浸透度は今ひとつ。一方、アウトランダーは人気度が高く、それなりに市民権を得た格好だ。その三菱自動車が電動車も含めてルノー・日産連合に合流したことでシナジーを出しやすい環境になったと言えよう。LEJの立ち位置も、これまでよりは好転する可能性がある。
 一方、GSユアサがホンダと合弁を形成して「ブルーエナジー(BE)」を設立したのが2009年4月。ホンダのHVやPHVにLIBを供給するビジネスアライアンスを組んだ。LEJがEVを中心とする容量型LIBであるのに対し、BEのビジネスモデルは、出力型LIBの開発~供給というスタンスをとる。
 ホンダの当初の思惑は当時の三洋電機と合弁事業を形成することであった。しかし、三洋側は特定の自動車メーカーとの協業体制をとらず、フリーな立場でワールドワイドのビジネスモデルを描いていたことから実現には至らなかった。そのホンダが選んだのがGSユアサだった。
 三洋電機とはニッケル水素電池でビジネスがあり、LIBでも筆者が共同研究プロジェクトを1999年にスタートさせた背景があった。ユアサとは小型EV用の高性能ニッケル水素電池開発で、筆者がプロジェクトリーダーの下でけん引し、実証試験にまで漕ぎ着けた実績の背景があった。
 ホンダ側の開発~調達戦略上で、現在のBEは、第2ベンダーのパナソニックと競合関係になる。現状のBEとホンダの関係は、やや弱いように映るが、先述したトヨタとパナソニックの協業を考慮すれば、ホンダはより積極的にBEを育成し強化する必要があるだろう。

(4)ボッシュとサムスンの離婚、二の舞のGSユアサ
 上記(1)から(3)までの事例は、自動車メーカーと電池メーカーとの協業事業であるが、Tier1と電池メーカーの協業ビジネスモデルも存在した。2008年にサムスンSDIと独ボッシュが車載LIB事業で協業を図り、SB Limotiveとしてスタートさせた。
 ボッシュにしてみれば、車載事業では大半を手の内に持っているが、唯一LIBセルを有していなかったこと。サムスンSDIにしてみれば、欧州自動車業界とのビジネスネットワークがなかったことから、Tier1のボッシュの力を借りて活路を開こうとする戦略があった。
 ボッシュサイドは、サムスンSDIの電池開発から製造技術に関するすべてにアプローチした。後から気付くのだが、ボッシュには端から電池事業を手中に収めたい意向があった。一方、サムスンSDIにしてみれば、欧州自動車業界へのアプローチはするものの供給契約は遅々として進まない。
 このような状況が4年間続き、2012年にはこの合弁事業を解消する手続きが踏まれた。結局、ボッシュにしてみればセル供給メーカーのサムスンSDIは対等なパートナーと言うことではなく、ボッシュが主導権を握る主従関係のビジネスモデルであった。そのため、信頼関係の絆を強くすることができなかったことになる。
 Tier1と電池メーカーの協業第2幕は、ボッシュとGSユアサの合弁で幕が開いた。2013年1月1日、「リチウムエナジー&パワー」(出資比率はボッシュ50%、GSユアサ33%、三菱商事17%)という名称で合弁事業がスタートした。ボッシュとしては、セルの調達元を失ったことで電池メーカーとの協業が必須になる。しかしこの時、筆者はこの両者の関係にリスクを感じ、本コラムでもその内容を記述した。
 欧州自動車業界にビジネスモデルを構築したいGSユアサにとっては、ボッシュとのパートナーシップ戦略は魅力的と映ったのだろう。サムスンSDIの前例があったので、いろいろとリスクヘッジはとったかとは思うが。
 本年3月1日の日本経済新聞の報道によると、2月28日にGSユアサがこの合弁事業の解消を発表したとのこと。解消の理由は報じられていないが、恐らくサムスンSDIが経験した思惑のズレが原因と考えられる。その証拠に、ボッシュは車載用LIBの自社生産を検討していたとされ、その自社生産を結局は断念したということだから。これも端からボッシュの都合で動いており、パートナーではなく、自社生産に至るまでの勉強と言う目論みであったに違いない。
 すなわち、サムスンSDIでのLIB開発~生産、そしてGSユアサでのLIB開発~生産プロセスを学び取り、自社内で可能となったら自社生産に踏み切ろうとしていた戦略が見え見えだ。したがって、最初からパートナーシップ戦略ではないところからスタートしていたことになり、それが明るみに出たことで解消へ至ったと理解すれば紐解ける。
 そこに至る布石は既にあった。2カ月ほど前、GSユアサが単独でハンガリーに数十億円を投資してLIB生産拠点を構えるという報道。リチウムエナジー&パワーが軌道に乗った合弁事業を進めていれば、このような単独投資はないはずと思っていた筆者にとって、この合弁事業がうまく機能していないと感じるのは難くなかった。
 この二つのイベントが示唆するものは、自動車メーカーと電池メーカーの合弁よりも、Tier1と電池メーカーの合弁はかなり困難を伴うと言うことである。この場合、自動車メーカーとLIBセルメーカーとの距離が遠くなるだけでなく、常にTier1が自動車メーカーの側にいて、セルメーカーはリアルタイムでのビジネス環境を把握し辛いところにいるからである。
 ならば、逆手にとってLIBセルメーカーがシステムメーカーのTier1を手の内に入れるという逆張り路線が良いかもしれない。ボッシュとの合弁で苦い経験を味わったサムスンSDIは、2015年、カナダのTier1サプライヤー、Magna Internationalの傘下にあるMagna Steyr(マグナ・シュタイヤー)の車載用LIBパック事業を買収した。Tier1を買収したことで、サムスンSDI自体がTier1になったことになる。
 同様に、自動車部品事業を拡大したいサムスングループは、2015年12月、サムスン電子内に自動車用「電装事業チーム」を設立した。そしてその後の16年11月には、米国自動車部品大手「ハーマンインターナショナル」(カーナビやオーディオに強い)を8600億円で買収することを決断した。
 車載用電池メーカーとしては、自動車各社との連携を強化し、強いビジネスモデルを構築するうえで、自らがTier1になる必要があることを、複数のイベントが証明した格好になったのである。

(5)独自路線を貫く韓国3強電池各社
 韓国3強を構成するLG化学、サムスンSDI、SKイノベーション(SKI)は、先に述べた自動車各社との協業スタイルをとらない。それは、自国の自動車メーカーは、現代・起亜グループのみに限られていることが一つの理由だ。むしろ、特定自動車メーカーとの協業ではビジネスが縛りを受け拡大しないと見ている。3強は、フリーな立場で欧米韓の自動車業界とのビジネス構築、ビジネス拡大を狙っていて、このスタンスは今後も変わらないはずだ。
 各社のビジネスモデルを個々に尋ねても、合弁スタイルの協業案は出てこない。それどころか、日本勢が大規模投資をできていない状況を横目に見ながら、韓国勢は欧州拠点構築に400~900億円規模の大投資を図り、将来の電池事業の拡大に勝機を伺う。
 もはや、車載用電池事業は投資戦略が重要になりつつあり、これはディスプレイ用の液晶事業と有機エレクトロルミネッセンス(EL)事業、および勝ち組のみが利益を享受できている半導体事業と相通じるシナリオに見える。この分野で韓国勢は、大きな力を発揮してきた。その成功体験から、LIB事業に関しても勝ち組になる戦略シナリオを描いているようだ。

勝ち組になるために
 日韓電池各社にとって、中国勢の台頭は脅威の範囲になりつつある。日韓勢に一日の長があるとすれば、極めて安定的な品質を維持しつつ、安全性と信頼性の部分では中国勢を大きくリードしていること。そしてグローバルに闘える知財戦略、更に全固体電池を軸とする次世代革新電池での先進技術がある。
 逆の見方をすれば、中国勢がこのギャップを真剣に埋めにかかるようなら、その危機感は一層拡大する。いずれにしても、既存LIB事業に関しては日韓中の電池各社間での競争が激化しつつある。今後の生き残りをかけて、個社の戦略が問われている。次世代革新電池においては、いかに先行して強力な知財を確保できるかにかかる。既存事業と将来事業とでは勝ち組になるストーリーは大きく異なるが、既存事業で成長できなければ将来事業でのチャンスはほとんどないだろう。

ページトップへ