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日経ビジネスオンライン

2018/04/12

第116回コラム

テスラが抱える三重苦、経営危機に陥る?

技術経営――日本の強み・韓国の強み

自動車トップブランドとはどこに差があるのか?

2018年4月12日(木)

佐藤 登

 2018年度がスタートした。新たな企業戦略や企業方針策定のもと、チャレンジングな展望を進めるところ、着実な事業拡大を標榜するところ、保守的な戦略で安定を求めるところ――など各社各様であろう。
 そんな節目の時期に、いろいろな事態が生じている。自動車業界では自動運転と電動化を両輪として、激しい開発競争が繰り広げられている。そういう状況下でカリフォルニア州では、米テスラの自動運転車両が3月23日に死亡事故を起こした。運転支援機能であるオートパイロットが作動している中での死亡事故とされている。この事故は世界に衝撃をもたらした。
 この事故をどのように考えるべきなのか。日米欧のトップブランド各社が自動運転の開発に余念がない。それだけに留まらず、世界の大手自動車各社が自動運転を巡って覇権争いの状況を呈しつつある。そんな中での事故だった。

テスラが実証した自動運転覇権争いの弊害
 2016年8月、米フォード・モーターが21年までにレベル5の高度完全自動運転を実用化すると発信した。立て続けに、独フォルクスワーゲン(VW)と同BMWも同年の量産化を発表したことで、自動車業界に大きなインパクトを与えた。米国自動車技術会が定義した自動運転の定義を以下の図に示す。
 そして本年1月11日になると、米ゼネラルモーターズ(GM)がレベル5とはいかないが、基本的にドライバーに委ねないレベル4を19年に量産すると発表した。この報道は、21年と発表したフォード、VW、BMWの開発計画よりも時期が早く衝撃的であった。
 日本の自動車各社は、このような実用化時期に関しては明言していない。3月に発生したテスラの自動運転死亡事故を受けて、トヨタ自動車は暫し自動運転車の公道実験を中断すると発表した。かといって、欧州の自動車各社はこの事故を冷静に見ているし、地元の米国自動車各社も公道実験を中止するようなことは現時点で発信していない。
 とすれば、欧米自動車各社は、テスラの事故は起こるべくして起こっている、あるいは技術が未成熟なまま公道実験を急ぎ過ぎていると分析している可能性が高い。日本勢が公道実験を保留にしている間に、欧米勢がいち早くこのような量産化に向けて推進していけば、日本勢の立場は後手に回ってしまうだろう。
 それにしても、テスラの事故をどう見るかが重要だ。新興自動車ベンチャーとして見れば、既存のビッグ自動車各社と競合するには相当の覚悟が必要だ。その場合に必要とされる要件は、既存の大手企業を出し抜く突出した技術、そして既存企業が追い付いてこられないほどの開発スピード感だろう。少なくともこの要件のどちらかが必要になる。
 テスラにとっては前者のアドバンテージはもともとなかった。とすれば、勝負は後者のスピード感である。しかし、そこには熟成度や信頼性が高い次元で求められる。結果としては、その完成度が高くないままチャレンジしたことにほかならなかったと見るべきだろう。
 この教訓から考えるべきことは、今後の自動運転開発で世界の期待を裏切ってはいけないということだ。先進諸国の既存自動車各社は、このような事故を起こさないようにリスクヘッジしている。ドイツ勢は、自動車各社と政府筋との密な関係を築き法規策定や事故時の責任体制など、緻密に動いている。
 威信をかけて自動運転で世界をリードしようとしているドイツ勢も、米国各州で公道実験が認められているGMやフォードも、そして日本の自動車各社も公道実験は行ってきたが、信頼性には細心の注意を払っている。それだけに、これまでも重大事故を起こしてはいない。それに比べると、新興テスラは脇が甘いと言わざるを得ない。そこだけに留まらず、既存自動車各社が着実に展開している先進技術開発と実証試験に水を差すような事態を招いている。

甘く見た電気自動車大量生産の壁
 一方、テスラの「モデル3」における生産地獄、すなわち同社の目標生産台数とは全く乖離するほど生産台数が未達であること。この件に関しては既に、本年2月8日の筆者のコラム「窮地のテスラに立ちはだかる自動車トップ」で執筆した。
 その後の進展としては、本年1月から3月までの電気自動車(EV)の販売台数が2万9980台と日本経済新聞では報道されている。内訳は、「モデルS」が1万1730台、SUV「モデルX」が1万70台、そして「モデル3」が8180台とのこと。この数字は、17年10月から12月までの台数から増えているわけではないという。
 一方、「モデル3」の生産計画は遅延が繰り返される中、本年6月末までで週間5000台を目標にしている。同車種の生産台数は1~3月で9766台とされており、直近の3カ月対比で4倍になったという。しかし、1週間当たりの換算では約750台に相当するだけで、本年6月末までの目標である週5000台とは大きなギャップが存在する。すなわち、目標値の15%程度にとどまっている状況を鑑みれば、6月末までの目標計画も更に先延ばしになるものと予測される。
 大量生産に関する生産技術は奥が深いのである。既存のトップブランドメーカー各社が築いてきた歴史は、大量生産や多くの車種を同じ生産ラインで流す混合生産を含めて、長年の生産技術開発の努力によって具現化された実績なのである。そこに、新興テスラが超短期間で同様な大量生産を行おうとしたところに無理がある。
 日本の産業用ロボットの技術力とビジネス力は世界をリードする。ホンダが2013年に稼働させた埼玉県にある寄居工場は生産技術の粋を示すもので、世界トップレベルの自動化が具現されている。筆者はホンダOBの特権を生かして16年に同工場を見学できたが、筆者が入社直後に現場実習で体験した生産工場とは全く異次元の別世界であった。
 そこには長年培ってきた生産技術に関する拘りと開発、そして安川電機やファナックが得意とする産業用ロボット技術とのコラボ開発によって具現化されたプロセスが実力を発揮している。高度な生産技術が詰まった生産工場を目の当たりにして、筆者はいたく感動した。
 仮に、テスラのイーロン・マスクCEOが事前に、ホンダの寄居工場を視察する機会があったとしたら、無謀とも言える「モデル3」の短期大量生産には躊躇したのではないかと思う。さらには、少量生産方式で「モデルS」や「モデルX」の付加価値の高いハイエンドビジネスに集中していたのではないだろうかとさえ思う。

環境因子を悟れなかった腐食リコールのリスク
 自動運転での死亡事故、現状も続いている生産地獄、さらにこれらに輪をかけたのが腐食問題を発生させた最近の12万3000台に及ぶリコールだ。遡れば、腐食問題は日本勢の自動車各社も、1980年代前半に手痛い目にあった歴史がある。筆者がホンダに入社した直後に、「このままではホンダが潰れるかも知れない」とささやかれるほどの錆クレーム問題であった。トヨタ自動車もご多分に漏れず、同様な経験をしている。
 3月29日に報道された内容では、テスラの「モデルS」で、パワーステアリングのモーターを固定しているボルトが腐食したとのこと。その結果、機能不全に陥る可能性があるというリコール内容だった。対象車は2016年4月以前に生産されたものとのこと。17年末までの累計販売台数が約28万台だったことから、全累積生産の44%に及ぶ。
 そうこうしているうちに、4月9日のロイター通信によれば、同じ「モデルS」を中国でもリコールすることが報道された。同一内容でのリコールで、対象台数は8898台とのこと。リコール比率は47%にまで拡大する計算になる。そうならば、日本に輸入された「モデルS」は大丈夫なのか? 同様に、対象となっていない国や地域でのリコールは必要ないのか? 徹底した検証が必要となるはずだ。
 ここでふたつの疑問が生じる。ひとつは、16年4月以降に生産した「モデルS」が何故対象外なのか、ボルト仕様を変えたという話は筆者が知る限り伝えられていない。単に、それ以降の製品で腐食が起こっていないという理由で対象期間を設定したのではないだろうか。ならば何を根拠に16年以降は問題ないと言うのだろう。
 そしてもう1つの疑問。このボルト以外でも腐食問題が起こらないのか、いや起こる可能性があるということだ。筆者がホンダで腐食制御技術の開発を担ってきた経験からの推察である。
 腐食反応は時間的要素も伴う。詳細なメカニズムは省くとしても、この当該ボルトだけで済むことではないかもしれない。なぜなら腐食を起こし得る部品や部材は、自動車では多々あるからだ。その腐食環境と腐食リスクを十分に把握していたとは思えない。まして駆動系の部品であることから、この問題も重大事故につながる危険性をはらんだものだ。自動車各社の過去の塩害問題を十分にリビューできていなかったのは仕方のないことではあるかもしれないが、これは同社にとってかなり大きな試練となるだろう。
 以前、某外資系証券企業が六本木で大々的に主催した投資家への講演に招かれた。筆者がサムスンSDI在籍時の2009年から毎年、13年まで依頼され対応した。その中で、米国投資家の最大関心事項の1つに、テスラのEV事業があったことで、筆者には多くの意見を求められた。
 13年には、特定の米国投資家から意見を求められた。その場で筆者は、テスラのEV事業に対して否定的な考えを示した。例えば、「EVという範疇でも、新興勢力が既存ブランドメーカーに技術や信頼性ですぐに追いつくことはできないのではないか」「自動車の製品開発に信頼性は付き物で、そのノウハウに乏しいテスラが、一朝一夕に自動車勢力図をひっくり返すことはできないだろう」と。件の投資家は怪訝な顔をして、筆者の意見に反論することはあっても、賛同する場面はなかった。しかしどうだろう。今は、筆者が投資家に説明した通りになっているように見える。
 いずれにしても自動車業界のビジネスモデルは、人命に直接関わるもので、他の工業製品よりも圧倒的な信頼性と安全性が求められるものである。新興勢力として脚光を浴びてきたテスラであるが、信頼性、生産技術、品質という極めて重要な指標の中で大きな墓穴を掘っているように映る。
 年々拡大するテスラEV事業における赤字規模、悪化するキャッシュフローという財務上の大きな課題が経営を圧迫していることで投資家の意欲を削いでいる事実があるが、それ以前に、本当の「ものづくり」が、そもそもできているのであろうか。


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