Dr.Sato 佐藤登 Official Site

技術で未来を創る。

講演・寄稿のご依頼、お問い合わせはメールにてご連絡ください。
HOME > メディア・新聞記事 > 日経ビジネスオンライン

日経ビジネスオンライン

2018/05/11

第118回コラム

テスラのEV苦戦で考える新規参入のリスク

技術経営――日本の強み・韓国の強み

参入障壁の高低のみならず持続可能な戦略が不可欠

2018年5月10日(木)

佐藤 登

 4月26日のコラム、「テスラのEV事業、三重苦どころか五重苦に?」には多くのアクセスをいただいた。また、コメントも客観的で内容の濃いものを寄せていただいた。2回連続してテスラ関連の記事を発したが、その後も様々な話題があり、また課題も浮き彫りになっている。そういった点にも触れながら、今回の表題につなげていきたい。

悪化するテスラの経営状況
 5月1日の日本経済新聞で、テスラ株の空売りがヘッジファンドの間で話題になっていると報じられた。全株式に対する空売り比率が4月中旬に20%を超えて、2016年以来の高水準に達したとのこと。時価総額が100億ドル以上の米国企業で、空売り比率が20%を超えるのはテスラと他1社のみという。電気自動車(EV)「モデル3」の生産が計画値の5000台/週と大きな乖離を示していることで、空売り勢が攻勢をかけているとのことだ。

 また、5月4日の同新聞では、同社の赤字が更に拡大していると報じられた。テスラが5月2日に発表した18年1月~3月期決算は、最終損益で780億円の赤字となり、前年同期363億円だった赤字は2倍以上に膨らんだ。四半期として過去最大の赤字を記録したとのこと。金融業界では本年3月以降、同社の経営に対する懸念がささやかれるようになったとも。課題解消につながる好材料を見通せない状況が続いている。

新興勢力に対する参入障壁の度合い
 1990年代に日本が一世を風靡していたディスプレイ、家電群、半導体、太陽電池、リチウムイオン電池(LIB)などの勢力図は大きく変わった。その背景には、後発ながらも新興勢力が技術開発、人材スカウト、大規模投資などを積極的に進めてきた現実と実績がある。結果として、参入障壁の低いものほど、韓国、台湾、中国などのアジア勢が台頭してきた。以下、産業別に具体的に見ていく。

①ディスプレイ産業
 ディスプレイ産業では、10年以上前に日本から韓国に勢力がシフトした。しかし現在、その韓国勢にも課題が突きつけられている。 

 2006年から世界トップシェアを握ってきた薄型テレビ市場を例にとってみる。2500ドル以上のプレミアムテレビは、15年に76%を占めていた韓国勢が、17年には51.5%にまでシェアを落とした。このプレミアム市場でシェアを上げたのは日系企業で、15年の19.8%から17年には44.4%まで拡大した。この中には、韓LGディスプレイが日系企業のテレビ事業に供給した大型有機EL(エレクトロルミネセンス)パネルも貢献しただろうから、幾分、皮肉な結果になっている。

 逆張り的なビジネスモデルとしてとらえれば、LGディスプレイから有機ELパネルを調達しても、それだけで有機ELテレビの付加価値が形成できるのではないということだ。調達側での画像処理技術や制御技術による差別化で、商品の付加価値を高めていることが裏付けられる。

 現在、大型有機ELパネルはLGディスプレイの独壇場だが、日本のJOLEDが開発段階から量産段階までもたついている間に、中国でも開発が進んでおり、早晩、量産に踏み切ることが予想される。LGディスプレイは、先行利益を確保しているが、今後、中国企業が低価格な有機ELパネルを供給すれば、価格下落は必至だ。となると、後発のJOLEDにとっては、どのような勝利の方程式で正解を導くかが問われる。

 一方、ミドルレンジやローエンド系では、台湾や中国での液晶パネル事業が技術の進化と低価格化の実現で台頭してきた。中でも、低価格を武器に勢力拡大を図ってきたのが中国である。その結果、中国市場では独走していた韓国勢の液晶テレビも、シェアの低下を免れることはできなかった。中国市場で闘うためには、ローカル企業と同価格帯で対峙できる製品戦略が必要であることが示唆される。

②スマホ産業
 携帯・スマホ市場でも類似した現象が起きている。市場調査会社ストラテジーアナリティックス(SA)によれば、スマホの世界市場でトップシェアを誇る韓国サムスン電子の2018年の市場シェア予測は20.7%としている。この予測が現実になれば、昨年から0.4ポイント減になる。13年にはシェア32.3%を占めていたのだから大幅な落ち込みとなる。本年のスマホ販売量も3億1430万台と、昨年比で32万台の減少となる模様だ。

 同じ韓国勢のLG電子は、13年に4.8%と世界4位であったが、昨年にはトップ10から外れ、更に本年は3.5%にまで落ち込む予想とのこと。サムスン電子やLG電子の落ち込みも、取りも直さず中国勢の大躍進が大きな要因となっている。

 世界シェア3位から6位に名を連ねる中国スマホ企業のファーウェイ(華為技術)、オッポ、シャオミ(小米科技)、Vivoの4社は、13年の世界シェアが合計で10%程度だったのだが、本年は3倍強の31.7%にまで拡大するとの見通しがある。

 5年ほどの間になぜこれほど躍進できたのだろうか。そもそも、この製品は参入障壁が低かったことを意味する。その証拠に5年ほど前、参入障壁が低い様子を以下のようなジョークとして呟かれた。「中国では昨日までパン屋だった店が、今日からスマホショップに鞍替えした」。中国メーカーの技術進化と部品調達戦略、低コスト開発がそこに絡まって勢力を拡大させつつある。

③太陽電池産業
 参入障壁が低いといえば、太陽電池産業がその最たる例だろう。世界シェアトップを走っていた独Qセルズは2012年に経営破綻し、その後、韓国企業の傘下に入った。同様に、米国の太陽電池各社も経営破綻、そして日系企業も競争力を著しく低下させた。

 今や日系企業の間では、太陽電池のセル事業だけでは競争力を発揮できず、付加価値を訴求できるシステム事業に転換せざるを得ない状況に追いやられている。この要因は、太陽電池を生産する装置を調達さえすれば事業化が可能となる、いわゆるターンキー事業であることだ。

④LIB産業
 スマホや太陽電池ほど参入障壁が低くはないが、LIB産業の勢力図も変遷している。ターンキーだけでは事業の成功に結びつかないものの、今や中国における電池メーカーは大規模から小規模まで含めると1000社ほどあるとされている。

 歴史を遡れば、2007年までは日本の電池産業強国が維持されていた。ニッケル水素電池はもとより、LIBもモバイル用、車載用で圧倒的な存在感を示していた。1991年にソニーが世界初でLIB事業を立ち上げたことがきっかけとなり、三洋電機やパナソニックも追随した。LIBの基本特許は旭化成が握るなど、知財から量産技術に至るまで日本が他を制していたからである。

 07年を過ぎた頃には、日本の有効な基本特許も効力が弱まった。同時に、日本のLIB事業をベンチマークし、競争力を追求してきたサムスンSDIやLG化学が、技術開発加速、低コスト開発、品質確保、人材スカウト、積極的なマーケティング戦略など、多岐に亘る攻略にて世界シェアをじわじわと伸ばし始めた。その煽りを受けて日本の電池産業が存在感を低下していくことになる。

 更に、2013年を過ぎると中国のATL(本社は香港、開発と生産拠点が福建省にあるAmperex Technology Limited、TDKが資本参加)がモバイル用LIBで存在感を示すようになる。特に米アップルのスマホ事業と連結し、品質と低価格路線を武器に良好なビジネスを展開するようになった。結果として、日本勢も韓国勢もシェアの低下、利益率の低下により苦戦を強いられるようになった。

 車載用LIBでも似たようなビジネス構造になってきた。三洋電機が経営破綻したころから、LG化学が技術開発に力を注ぎながら世界的なマーケティング活動を展開し、顧客獲得に実績を伸ばしてきた。サムスンSDIも同様に開発とマーケティングで存在感を示すようになると、この韓国2強と闘える日本の電池企業はパナソニックのみとなってしまった。

 そこに今度は第三勢力として中国のCATL(Contemporary Amperex Technology Limited)が台頭する。最初からグローバルビジネスを標榜する同社は、世界から人材を集め、研究開発への大規模投資、世界各国の自動車企業へのマーケティング活動、さらには中国政府の支援を受けながらの生産キャパ拡大のための大規模投資を通じて勢いづいている。昨今、独BMWや独フォルクスワーゲン(VW)、韓国現代自動車との供給契約を交わすなど、存在感を一段と増している。

 自動車メーカーとの合弁企業を形成しないフリーな立場で車載LIBを事業とする企業群にあって、2017年には、パナソニック、LG化学、サムスンSDI、中国BYDと共にトップ5のグループを形成する。

 そのCATLが日本に拠点を構える話は以前から噂としてあったが、正式に日本に進出することが、5月9日の日本経済新聞で報じられた。報道内容によれば、5月下旬に横浜市に拠点を構えるとのこと。日系自動車各社との協業をしたたかに狙う同社の戦略に対し、日系電池各社がどう迎え撃つのか、その戦略が問われることになる。

 他方、日産自動車とNECとの合弁を形成していたオートモーティブエナジーサプライ(AESC)は、日産自動車側がAESCを手放したことで、17年8月には中国のファンド会社であるGSR傘下となった。本年4月末をもって、AESCエナジーデバイスと改称し、新たなビジネスモデルを構築する。

 親会社が中国企業となったことで経営資源も潤沢になり、大規模投資が可能となった。また、中国政府がEVへの補助金を拠出する前提として策定した「バッテリー模範基準認証」、いわゆる「ホワイトリスト」にも登録され、今後のビジネスモデルの拡大が期待されている。

 AESCが中国資本傘下になったことで、中国におけるLIB産業はAESCを更にベンチマークすることで、一層力を付けていくことは間違いないだろう。日本の電池業界がそれ以上に力を発揮していかなければ、中国企業のM&Aが今後も起こり得ることを暗示しているかのようだ。

⑤半導体産業
 日本の半導体産業が隆盛を誇っていたのは2000年以前のこと、そこから20年近くが経過した。韓国から米国に留学し、半導体工学を学び、米国の半導体企業にて実績を出した人材が韓国に戻り、韓国の半導体事業をけん引した。その典型的企業がサムスン電子である。

 日本のエレクトロニクス業界が大幅赤字を出している状況を横目に、サムスン電子は先端技術開発を推進しつつ、スピーディな大規模投資を図る戦略を推進し、現在は米インテルも抑えて半導体事業で世界トップに上り詰めた。半導体開発の生命線である線幅の微細化技術ではフロントランナーを担っている。

 一方、中国における国内半導体産業は存在感がない。線幅微細化などの高度先端技術ではサムスン電子には追随できていないことが理由だ。それを裏付けているのが、サムスン電子が西安市で稼働させている最先端の半導体生産工場である。中国の技術力では、サムスン電子をベンチマークしたとしても簡単には付いて来られないことを実感していたからこそ、中国に先端工場を建設稼働させたのである。

 4月26日にサムスン電子が発表した2018年1~3月の第1四半期実績によると、半導体事業の売上高は20兆7800億ウォン(約2兆780億円)、営業利益は11兆5500億ウォン(約1兆1550億円)を叩きだし、営業利益率は過去最高記録の55.6%を達成した。半導体市場の活況を追い風に、収益力を急速に高めている。

 サムスン電子は、先端技術開発と大規模投資の2大武器をもって、昨今の旺盛な需要に対して価格を自らコントロールできる強いビジネスを展開している。成功に導くビジネスモデルの模範事例と言えよう。

 そういう意味では、ソニーの画像センサーも同様の強いビジネスモデルを展開している。他の追随を許さないレベルでの技術開発と性能品質を顧客側が認めていることで、この領域では独壇場にある。結果として、ソニーの好業績に大きく貢献している成長事業として君臨している。

 同ビジネスを虎視眈々と狙っている他の企業もひしめく中、ソニーとしては今後も世界をリードする強い成長戦略に磨きをかけているに違いない。参入障壁が高いビジネスの典型として、そして日本企業のモデルとして存在感を出し続けてほしいし、できると思っている。

⑥ 自動車産業
 さて冒頭に述べたテスラと関連する自動車産業であるが、内燃機関(Internal Combustion Engine :ICV)を主体とする事業と、エンジンの無いEVとで分けて考える必要がある。ICVの歴史は100年以上にわたり、日米欧韓にはグローバルにビジネスを展開する自動車企業がひしめいている。今や資本提携や技術提携が進む中、今更新規参入にはチャンスはない。

 ましてや、ICVカテゴリーに入るハイブリッド車(HV)は、トヨタやホンダが得意としているが、機械駆動と電気駆動を同時に制御する技術は一段とハードルが高い。だからこそ、2018年から強化された米国のゼロエミッション自動車(Zero Emission Vehicle:ZEV)規制や、19年から適用される中国の新エネルギー自動車(New Energy Vehicle:NEV)規制では、HVがカウントされない扱いを受けた。NEV規制導入にあたって、中国政府は「エンジンがある自動車では先進諸国を相手に戦えないから、EVシフトを後押し」と明確に表現した。

 その点、EVは部品点数も30%ほど少なくなりシンプルであること、これまでは世界大手の自動車各社が本格的に推進してこなかったことで、参入障壁は極端に低くなった。だから、テスラ社を始め、BYDや中国ローカル自動車各社が一斉にEVシフトへ向かっている。

 確かに、EV部品の調達やEV組み立ては参入障壁として低いのは事実である。しかし、生産地獄に直面しているテスラのように、大量生産という世界ではICVとEVの間に差はなく、同じハードルになる。更には耐用年数が15年程度要求される自動車では、EVも例外とは認められない。この長期にわたる安全性や信頼性、そして耐久性を考えると、これは実績値の高いICVよりハードルが一層高くなるほどだ。

 既存の大手ブランドメーカー各社がEV事業に参入するのと、いきなりEVから事業をスタートさせる新規参入組とでは経験値が大きく違う。自動車としてのあるべき設計、安全性・信頼性を構築する開発プロセス、そして長期耐久性を保証できる技術開発については、考え方や取り組み姿勢に大きな差があるようだ。

 中国が典型的リーダーとして国策としているEVシフトは、そこまで考慮すれば決して参入障壁は低くないのである。中国を中心として、自動車生産の経験がない部品メーカーまでが参入しているEV事業であるが、外観や初期性能だけではなく、本来の品質確保と長期信頼性や耐久性にも力を注がないと、化けの皮はいずれ剥がれることになろう。

参入障壁度の分類と対応

 上記および関連事業の参入障壁レベルをマップにすると、以下のような図になる。

新規参入度と差別化との相関マップ

 参入障壁が高くないとして、中国では新規参入組のEVメーカーや車載用LIBメーカーが林立した。しかし、2010年以降に多発した中国でのEV火災事故で人命を奪った事故は記憶に新しい。すなわち、製品によっては長期信頼性や耐久性という時間軸で考える指標が更に必要ということである。

 先端技術やハイエンド系が得意な日系企業にとって、持続可能な成長事業を推進する戦略として、以下の3つのプロセスのいずれかが必要であるだろう。あるいはすべてを実行できれば、競争力は格段に向上すると考える。

①既存事業で独壇場にある先端製品においては、継続的に他社の追随を許さない断トツ製品に進化させる開発プロセスを構築する。

②ハイエンド系を武器に進めてきた製品を、新興国市場でそのままビジネスを行ってもうまく進めることができないことを実証した事例は山ほどある。アップルのスマホiPhoneでさえ、ハイエンドからローエンドまでラインアップを揃えて中国市場を攻略してきた。それでも、中国のローカルメーカーの追い上げで中国市場ではシェアを徐々に落としつつある。

 EV事業や車載用LIB事業が最も活発な中国市場では、試験機器製品もローカルメーカーが低価格品で牛耳ってきた。筆者が籍を置くエスペックでも、全世界の顧客開拓のために充放電サイクルテストのビジネスを確立すべく、新規参入ではあったが製品開発につなげた。当初より、先進国をターゲットにしたハイスペック製品でのビジネスモデルを構築したが、その製品で中国や韓国の顧客開拓をしようとしても、高価格帯製品では検討の土俵に上がらないことを筆者も幾度となく経験してきた。

 中国や韓国市場に攻勢をかけるため、昨年から各市場に応じた製品戦略を打ち出し開発に取り組んできた。本来、ハイスペック製品の開発ができるはずだ。取り組みの結果、2017年度には、低価格帯製品の開発に漕ぎ着けた。開発側の多岐に亘る努力が実り、ハイスペック版の半値に近い45%のコストダウンを実現した。

 この価格帯と、本来当社が強みとしている試験環境や電池の温度制御、信頼性、耐久性、低故障率を武器に付加価値を訴求すれば、中国や韓国市場でのビジネスを構築できる可能性が一段と高まることになる。

③上記の①や②を推進しつつも、いずれ時間が経過すればフォロワーが追い付くことは必至と念頭におくべきである。フォロワーが追い付くころには、更に先の次元で新たなビジネスを形成することが求められる。そのためには、先行研究開発への投資が不可欠だ。目先の事業効率や利益率の追求はもちろん重要だが、一歩二歩先の新たな世界を築く先行投資、しかし方向性を誤らない確度の高い技術経営が重要な指針となる。

 いずれにしても客観的に俯瞰し課題を抽出して取り込むこと、そして自らビジネスをリードできる力強い経営戦略を構築すること、そして積極果敢にチャレンジすることが、今後一層求められているのではないだろうか。



ページトップへ