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日経ビジネスオンライン

2018/05/25

第119回コラム

R&D投資で韓国勢に見劣りする日本勢
技術経営――日本の強み・韓国の強み
科学技術立国との掛け声には伴わない実体
2018年5月24日(木)
佐藤 登
 前回は「テスラのEV苦戦で考える新規参入のリスク」といったタイトルのコラムを掲載した。その後半には、日本企業のビジネスモデルを拡大する3つの方向性について述べた。
 一つは、既存事業で独壇場にある先端製品においては、継続的に他社の追随を許さない断トツ製品に進化させる開発プロセスを構築すること。二つ目は、ハイエンド系からミドルレンジに至る幅広い価格帯でのグローバルな顧客開拓の必要性。そしてもう一つが、新たなビジネスを形成するための先行研究開発投資の必要性と確度の高い技術経営とした。
 日本政府が主導してきたように、「科学技術立国」「知財立国」「電池立国」と言う掛け声が多々発せられてきた。しかし、現実はどうだろう。これを実際に具現化するためには大きな障害や課題が山積しているのではないだろうか。
 例えば、日本企業のR&D投資は海外勢と比べるとトップ集団には位置していないこと、一方、アカデミズムでは研究資金の獲得や若手研究者の雇用でも多くの課題を抱えていることなど、先行きの不安感は否めないのが実情だ。

企業の研究開発環境
 ホンダのジェットビジネスや燃料電池車を実現させた30年にも及ぶ研究開発、あるいは三菱電機が実用化したSiCパワー半導体の30年越しの研究開発など実現に至った好事例はある。多くの紆余曲折があっての成果であるが、どこの企業でもこれほどの長期間に渡って投資を続けられるわけでもない。現在のホンダでも、電動化や自動運転の開発は喫緊の課題だ。そういう中で、向こう30年先を見据えた研究に投資する余裕はほとんどない。
 一方、このような事例とは裏腹に、日本の研究開発が見劣りしていることを、日本経済新聞は5月3日の1面トップ記事として報道した。それによれば、この10年間で日本企業の存在感がグローバルで低下しているとのこと。
 2007年には、研究開発費比較で世界100位までに日本勢が24社あったのに対し、17年には17社にまで減少した。日本のトップを走っていたトヨタでさえ、07年の3位から17年には10位にまで低下した。同様な見方では電機メーカーの後退が顕著で、パナソニックは15位から36位、ソニーは18位から35位になった。
 他方、順位を上げてきたのがIT関連企業で、1位が米アマゾン・ドット・コム、2位が米アルファベット、3位が韓国サムスン電子、4位に米インテル、6位に米マイクロソフト、7位に米アップルと、トップ10に6社が占めた。

韓国企業の大規模R&D投資
 サムスングループ以外でも、韓国企業の果敢なR&D投資が顕著になってきた。4月20日、ソウル江西(カンソ)区麻谷(マゴク)にLGグループの大規模な研究開発センター「LGサイエンスパーク」がオープンした。総額4兆ウォン(約4000億円)を投資して建設したセンターの敷地は、サッカー場24面分に相当する17万平方メートルとのこと。延べ床面積は111万平方メートルと、韓国最大の研究開発センターとなった模様。9~10階建ての研究棟が20棟あり、年間4兆6000億ウォン(約4600億円)の研究開発投資をして雇用創出と新事業開発に拍車をかけるとも。
 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は開所式典に出席したとのことで、「今後は米シリコンバレーを羨まなくてよさそうだ。本研究センターは韓国の革新成長の未来であり、民間主導の革新成長の現場だ。政府としても新技術、新製品を妨げる規制を解除する」と力強く強調したと言う。また、大統領は「任期内に、基礎研究予算を現在の2倍の2兆5000億ウォン(2500億円)に拡大する」と発言した。
 このセンターには、LG化学、LG電子、LGディスプレイなどのグループ主要系列会社の研究員2万2000人が入居する。LGグループの研究開発を統括し、未来の成長エンジン発掘の役割を担うミッションで新たな出発につなげる。中小・ベンチャー企業のための「オープン研究スペース」や、国内外研究機関の研究空間「ジョイントラボ」も備えている。
 筆者は仕事柄、韓国大田市にあるLG化学の研究所にも時折、足を運ぶ。大田市は研究学園都市で大学や企業の研究機関が林立し、いかにも研究都市という風貌をかざしている。LG化学の研究所も電池研究をはじめ多くの分野を担っており、この研究所だけでも競争力ある機能を感じさせるが、それに加えて今回の新たなセンターを建設したことの意気込みは、正にグローバル競争力を高めるビジョンを示したことになる。
 更に驚くことがある。現在、LG日本研究所は品川に拠点を構えているが、5年後を目途に、横浜みなとみらいに新たに自社ビルを構え、1000人規模の陣容でR&D体制を強化すると聞いている。全固体電池や新機能材料などの先端技術の研究開発を担うとのことだ。
 韓国SKグループも鼻息が荒い。半導体、エネルギー、情報通信技術(ICT)、自動運転車、ヘルスケアの5分野に対して、今後3年間で80兆ウォン(約8兆円)の大投資をかけるとのこと。18年には過去最大の27兆ウォン(約2兆7千億円)強の投資により、新規採用目標は8500人とのこと。ソウル瑞麟洞(ソリンドン)のSK本社ビルで開催した「革新成長現場疎通懇談会」で、グループ会長が述べたという。
 80兆ウォンの内訳は、半導体と素材に49兆ウォン(約4兆9千億円)、新エネルギー産業に13兆ウォン(約1兆3千億円)、次世代ICTに11兆ウォン(約1兆千億円)、車載用電池と自動運転などの未来モビリティに5兆ウォン(約5千億円)、ヘルスケア部門に2兆ウォン(約2千億円)となっている。これらの新事業はグループ中核のSKハイニクス、SKイノベーション、SKテレコムなどが主導する。新事業への取り組みにより、現在のグループに在籍する全社員9万人に上乗せする形で、今後の3年間で2万8000人の新規雇用を計画中とのこと。
 韓国は学歴社会の構造様式のため、大学進学率は世界トップ、そして多大な借金をしながらも海外への留学は盛ん(以前は日本も人気が高かったが、現在は米国大学にシフト)である。それにもかかわらず、若者の正規社員採用率は50%にも達せず、大きな格差社会が長年続いている。今回の大手財閥のLGグループやSKグループなどが大規模なR&D投資や新事業化を図ることで、若者への希望の道が少なからず開けることになるだろう。

アカデミズムが抱える課題
 一般的に、大学や研究機関、および企業での研究開発に対する成果の期待値は、研究に充てられる時間、研究に充てられる予算、そしてそこに携わる人材の積算値として、以下のように表現できると筆者は考える。
 しかし、日本の大学には直面している課題が多く、日本の将来に大きな不安を投じている。研究に充てる時間が徐々に短くなっていること、研究予算の縮小、優秀な人材が必ずしも大学に残らないような現象等、状況は深刻である。
 この現状を裏付ける記事が、5月6日の日本経済新聞で報じられている。それによれば、20~40代の研究者へのアンケート結果からも、若手研究者の危機感が顕著に表れたとされている。中でも、日本が科学技術立国であるための必要な対策に対しては、「長期的視野の研究環境」「研究時間の確保」「国の研究予算の増加」が上位を占めた。
 研究時間の教育や学内事務の負荷が増加していることで、相対的に研究時間の減少が起きているという。研究費獲得のための事務処理に追われることが主な原因だ。その研究費も潤沢ではない中で競争原理だけが厳しくなり、疲弊感が漂っているようだ。すなわち、先細りしている国の研究費を獲得するために申請書類に割く時間が多くなり、しかし研究費を獲得するための倍率は極めて高い状況が続いている。
 このような状況を間近に見ている若手研究者にとっては、希望や期待という言葉とは遠くかけ離れているようだ。それが証拠に、大学院博士課程に進学する人材がピークだったのは2003年の1万8000人とのことだが、16年には20%近く減少した。しかも、博士号を取得しても任期付で安定した職につけないポスドク問題も顕著な課題となっている。
 欧米諸国や韓国、中国においては真逆なのである。米国では博士号取得者の企業での活躍は研究所を中心に当然であり、逆に基礎研究部門では博士号を所持していないと職に就けないことも少なくない。ドイツにしても、博士号取得者は企業での昇進には大きく影響することで、その価値が広く社会に浸透している。
 筆者が在籍していたサムスングループでは、博士号取得者は新入社員でも課長級のポジションと給与を与えられる。昇進に関しても最終学歴が付いて回ることから、博士課程に進学してから就職するというのは珍しくない。企業が博士号所有者を敬遠している日本とは真逆であり、換言すれば日本のみが博士号取得者に対する偏見をもっているのである。
 博士人材の減少もさることながら、優秀な人材ほど博士課程への進学を選ばず、商社や金融機関を始めとする民間企業に流れている。上式のH、すなわち研究人材の因子が明らかに低下傾向にある。そして研究時間Tも10%以上減少している現状を加味すると、この積算値は深刻な問題を招くだろう。
 筆者が文部科学省管轄の科学技術振興機構「次世代革新電池の中長期戦略に関する研究」戦略検討委員会に、2014年から17年までの3年間関わった。そこで新たな事実として認識し、驚いたことがいかに多かったか。以下の図に、必要な規制緩和としてまとめてみる。
 基礎研究ほど柔軟な姿勢や制度が必要であるはずなのに、「研究費の次年度への繰り越しが認められていない」「研究テーマに関する研究方針を一旦決めたら、途中の軌道修正が認められていない」など、逆に大きな制約があり障害となっていることを実感した。これでは、実用化や社会に還元される成果が出しづらいのは当然であろう。

日本が改革改善に取り組むべき課題
 これらのことを踏まえて、日本が優先して取り組むべきことについて、以下四つにまとめた。
1.企業としての取り組みの中では、R&D投資の比率と短中長期テーマに対するバランスのとれた資源配分が重要。長期的視点でのテーマ設定は企業の将来を左右する糧であることから、人材の活用を含めた研究開発戦略が必要。それを推進するためには、研究開発戦略を統括するCTOの役割が重要となる。

2.企業の長期的研究開発においては、博士人材の活用を積極的に推進すべき。今や国を超えてグローバルな人材確保をしようとする場合、他国で身分の高い博士号保持者は日本に魅力を感じない。とすれば、グローバル競争での人材確保は一層不利になってしまう。

3.アカデミズムの領域では、若手研究者がのびのび研究できる環境を創出すべき。早急に改革しなければ、日本の科学技術立国は妄想で終わりそうだ。高校や大学授業料の無償化などで進学の機会を拡大することも必要かも知れない。しかしそういう財源をまず、既にアカデミズムの社会に出ているけれど苦境に直面している若手研究者に振り向け、日本の科学技術競争力を高めることの方が先決ではないだろうか。

4.アカデミズム、特に医薬工学系に携わる研究者自身は、論文執筆のみに心血を注ぐだけでなく、強い特許などで知財という武器を持つこと。そして時には、実用化に繋げ産業競争力に貢献することへの意識改革が必要だろう。そういう成果があちこちで見られるようになれば、企業の博士人材に対する期待感も高まり、積極的な人材活用にと繋げる社会が具現化されるのではないだろうか。

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