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日経ビジネスオンライン

2018/07/01

第121回コラム

日産が開発凍結を宣言した燃料電池車の行方
技術経営――日本の強み・韓国の強み
燃料電池車開発の歴史から見る今後の展望
2018年6月28日(木)
佐藤 登

ホンダが2016年3月に発売したFCV「クラリティ フューエル セル」(写真:つのだよしお/アフロ)
 昨今、電気自動車(EV)へのニーズが高まるにつれて、世界の自動車各社と車載電池各社が戦略的に事業化を進めている。それは遡れば、1990年9月に発効された米国カリフォルニア(CA)州のゼロエミッションビークル(ZEV)規制が発端となった。他方、燃料電池車(FCV)に関して言えばZEV規制が発端ではなく、数社の自動車メーカーが自主的に開発を進めてきたことの色合いが強く、現在に至っている。
 というのも、90年に発効したZEV規制は、CA州で販売台数の多い米国ビッグ3と日本のトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車の6社に課したもので、98年から各社の販売台数の2%をEVにすべきという法規であったから、この時点ではFCVの開発が義務付けられてはいなかったのである。
 しかしそういう中で、独ダイムラーと米ゼネラルモーターズ(GM)は1990年初頭から自主的にFCVの開発を世界に先駆けて着手した。当時のホンダは、燃料電池の開発は定置用を主目的として、1986年に本田技術研究所・和光研究センターが創設されてからほどなく研究が開始された。すなわち、1990年初頭まではFCV用を目的とした燃料電池ではなかったのである。
 ただし1990年代初頭のダイムラーやGMのFCV開発は、世界の自動車業界に対して大きなインパクトを投じた。それがあっただけに、ホンダの燃料電池研究開発も定置型からFCVへ方向転換したのも事実である。
 しかし、当時のダイムラーを筆頭とするFCVの開発は、現在主流の「固体高分子膜型燃料電池(PEMFC)」ではなく、「直接メタノール改質型燃料電池(DMFC)」に集中していた。ところがDMFCの場合には、車両にメタノールを貯蔵し、オンボード、すなわち車両内でメタノールを改質触媒のもとで水素に改質するシステムであった。車両内で化学反応による改質を前提としたシステムは、システム自体が大きな容積を有すこと、車両が必要とする化学反応速度に追随できにくいこと、システムが複雑で高コストになるものであり、筆者としては当時から否定的にみていた。
 こういう表現をすると、読者の一部の方は結果論ではないかとコメントされるかも知れないので敢えて記述しておくが、筆者が1995年に出版した「自動車と環境の化学」(大成社)にもそのように記述している。結果として、ダイムラーもGMもDMFCの研究開発は断念し、さらには両社とも単独でのFCV開発には見切りを付けた格好になった。
 そもそも日本政府が2000年代中盤にFCVの普及⽬標台数として掲げた数値では、18年時点で200万台と設定されていた。しかし、これは全く現実味のない数値と化したことが現在立証されている。
 歴史を遡れば2001年には、第43代米国大統領に就任したジョージ・ウォーカー・ブッシュが、水素社会や水素エネルギーに傾注する戦略を打ち出したことで、水素に対する期待感が一気に高まった。FCVに関してはZEVのクレジット係数がEVの10倍にまで高められた。すなわち、FCV1台の販売でEV10台分に相当する重みづけを付与したのである。
 そのころから、トヨタもホンダもFCVの開発を重点的に加速していくことになる。2005年ごろには欧米勢の勢い以上となって、FCVのプロトタイプの完成度では日本勢が世界をリードすることになった。当時、トヨタもホンダも、究極のエコカーはEVではなくFCVと位置づけ、そして来るZEV規制に適合させる戦略を描いた。その時系列を以下の表に示す。
1990年代から現在に至るまでのFCVのトップリーダーの移り変わり

 しかし、情勢は激変する。2009年に第44代米国大統領に就任したバラク・オバマはブッシュ政権の水素社会戦略を踏襲せず、再生可能エネルギー戦略を打ち立てた。そこには二次電池を主体とするエネルギー戦略が組み込まれ、力強く進められていた水素社会の減衰をもたらすこととなった。
 その結果として、FCVに対するZEVのクレジット係数は10分の1に下げられ、EVと等価になった。大きなクレジット係数を利用してFCVでZEV規制に適合させようと目論んでいたトヨタもホンダも当てが外れた格好となることに。
 2018年から25年にかけてZEV規制でゼロエミッション車比率が高まることで、EVとFCVへの取り組みは強化される。ここに来て、勢いはEVに流れてきたと言える。これは、課題の種類や難度がFCVよりEVのハードルが低いからという見方である。また一方では、FCVではトヨタとホンダが2強で群を抜いた格好になったことで、特許に対する抵触等、他社が敬遠したことにもなる。
 FCVの状況といえば、トヨタが2014年12月に、ホンダが16年3月に市販を開始したが、この2社以外では韓・現代自動車が発売している程度だ。現代自動車においては、日系2社よりも価格帯が2倍程度の1500万円台であることから、とても普及につながるようなFCVではない。
 2016年12月8日の筆者コラム「エコカー戦略における燃料電池車の位置づけは?」には、日産自動車がFCVの開発を見直し、遅延判断したことを記述した。すなわち、日産のFCVに対する方針はトヨタとホンダとは異にする。2025年のゼロエミッション車16%(EVとFCVのみでクレジットがカウント)に向けて、主流のEVビジネスを拡大することの表明である。
 そして、18年6月中旬に日産はFCVの開発を凍結することを表明した。それまで、FCV連合を組んでいた日産とダイムラー、そして米フォード陣営がFCVの凍結宣言をしたということは、それだけに切羽詰まった困難なビジネスモデルだったと言えよう。
 日産自動車が表明したFCV開発の凍結理由は、二つの要素が混在しているように見える。一つは客観的に市場および顧客ニーズを展望すれば、FCVの普及があるとしても2030年以降にあるかどうかという懐疑的な視点。ならば、ZEVやNEV規制の直近で要求されているEVの方が、同社が得意としているビジネスモデルに理が適うこと。
 そしてもう一つは、トヨタやホンダが先行してきたHVと同様に、FCVでも出遅れ感があり、特許等の知財的な縛りがあるゆえに競争力の点で見劣りすること。したがって、先行しているEVで世界をリードしようとする戦略に打ってでたのであろう。
 とすると、全世界的にFCVをリードしているトップはトヨタ、次いでホンダという順で、その他の追随はかろうじて現代自動車という現状であり、今後の進展がどこまであるのかないのかが問われることでもある。

FCVの今後の行方
 2016年のコラムで記述した解決すべき課題は、その後2年近くの間でどこまで進化したのだろう?
 課題① FCVは、部品点数ではEVの比ではないほどに多く、また個々のデバイスや部品コストの高さでもハンディはある。水素燃料タンクに特別な炭素繊維を使用、燃料電池システムで水素酸素反応を加速させるため白金触媒を使用、エネルギー回生やパワーアシストのために二次電池の搭載が必要など、いずれもコストが高くなる要因だ。
 ⇒ コストダウンがどこまで進んだかの表明がないので詳らかではないが、白金触媒のような高価な原材料をどこまで減らせるかも大きな鍵である。筆者がホンダを去った2004年時点での白金使用量は、100kW級FCVでは1台当たり100gが必要とされていた。FCVを積極果敢に開発してきたトヨタとホンダの2トップは、白金削減実績を明らかにしていないが、恐らく50%の削減までには至っていないと思われる。他に、水素貯蔵タンクの素材や固体高分子膜などの機能材料分野は日本が最も得意とする分野で、日系企業が支配している強みでもある。
 課題② 水素燃料自体はゼロエミッションではなく、天然ガスからの水素生成の段階でCO2を排出している。究極的には燃料生成段階でのゼロエミッション化が求められる。
 ⇒ 本課題はかなり根深いものであり、今後の長期課題であることに相違ない。いかにしてライフサイクルとしてのゼロエミッションプロセスで水素を生成すかという命題に対し、太陽光発電を用いて水の電気分解を行おうとする計画もあるようだが、生成効率と生成コストで見れば現実的な解とは言えないだろう。
 課題③ さらに1基で約4億6000万円と言われる、水素ステーションの設置費用も課題だ。加えて水素燃料を高圧で貯蔵するための圧縮機も約1億4000万円。インフラの整備は力づくしの世界でできるものの、ステーション数の増大は巨額な費用がかかる。
 ⇒ これも同様に根深いものであり、インフラとして普及するための大きな障壁となっている。
 課題④ HVやPHVは消費者にとってはランニングコストとしての燃料代が還元され、そういう観点では商品としての魅力がある。EVは電力消費料金としてガソリン車と比較するとエネルギー代金でのメリットを受けられる。一方のFCVでは航続距離はガソリン車と比べそん色ないのだが、水素燃料代がガソリンより安くなるわけでもなく、消費者にとって直接見える価値が乏しい。
 ⇒ 燃料消費価格で魅力がなければ、消費者メリットは何も得られないのが実情だ。これは課題③ともつながっているが、いかに水素生成コストを抑えることができるかという開発が伴う。

FCVに対する今後の展望
 このようにFCVの課題を考慮して見れば、限定されたルートを走行するFCバスは現実的な解となる。この場合、水素ステーションも最小限で整えれば良いことになる。なんと言っても、都内にはガソリンスタンドが1000カ所あるのに対し、FCV用の水素ステーションはようやく14カ所設立されたレベルである。
 現在のFCVシステム技術を反映して、トヨタは2020年に、バスとトラックでFCVの実用化を図ると表明している。トラックやFCバスの価格は大きな課題として残るものの、そこからコストダウンのシナリオを考え、FCVに応用拡大していくプロセスは価値があるだろう。
 このような動きに呼応するがごとく、6月26日の日本経済新聞の記事によれば、東京都の小池知事は都営バスをFCバスに転換していきたい意向を示していることを明らかにしたという。公共事業政策を後ろ盾に、FCバスの普及を加速させようとする前向きな方針であると思う。
 日産、ダイムラー、フォードがFCVの凍結を決断しても、トヨタとホンダの開発から事業化に対しては今後もそれなりの力を注ぐはずだ。かつてFCVに積極的であったGMも自社単独での開発を諦め、ホンダとの共同開発で2020年以降の本格事業化を目標にしている。トヨタも日野自動車などグループ企業との連携を図りながら開発を進めていくものと思われる。
 しかし、トヨタとホンダの2強のみがFCVの開発から事業化を進めれば進めるほど、同業の自動車業界や各国の政策方針においても逆風が吹いてくるだろう。特に、NEVでは18年規制で認めているPHVとEV、そしてFCVであるが、ガソリン自動車やHVではエンジン技術の高性能性が必要で、それができないと表明している中国政府策ではHVが排除された。
 FCVに至っても、水素酸素反応を促す白金触媒技術、PEMFCでは重要な技術とされるプロトン交換型固体高分子膜、700気圧にまで耐え得る高圧水素タンクの素材技術などは、もともと日本のお家芸である。NEV規制の表面上ではPHVもうたっているものの、ZEV規制のスライドだから取り入れた感がある。所詮、内燃機関が包含されていることからHVとは何の相違もなく、日系自動車各社との距離感はHV同様に大きい。その証拠に、中国メーカーでPHVを商品化しているのはBYDのみであり、他はほとんどがEV事業に注力している。
 GMにしてみればホンダを頼りにし、BMWはトヨタとの共同研究などを展開しているものの、FCV開発から量産技術においては現時点でトヨタとホンダが2トップであることに変わりはない。とすると、両社が得意としてきて世界をリードしてきたHVと同様な現象が起こり得る可能性が見え隠れする。
 すなわち、FCVを全面的に支援する政策や規制を打ち出せば、恩恵を受けるのはトヨタとホンダ、そしてホンダとつながるGMという構図になる。際立った恩恵を受けることから、両社がリードすればするほど、今後のZEVおよびNEV規制でも何らかの新たな政策方針が打ち出されても不思議ではない。


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