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日経ビジネスオンライン

2018/08/09

第124回コラム

電動車の米ダブルスタンダード法規の行方と波紋
技術経営――日本の強み・韓国の強み
自動車業界への影響は多大、技術開発にブレーキも
2018年8月9日(木)
佐藤 登

 自動車の電動化は、1990年に米国カリフォルニア(CA)州で発効したゼロエミッション車(ZEV)規制が、大きな影響を及ぼした。同規制はその後、CA州を含む全米10州で導入されてきた。
 ZEV規制発効28年後の2018年からは、これまでの米国自動車メーカーと日本のビッグ3(トヨタ自動車、日産自動車、ホンダ)に加えて、独ダイムラー、独BMW、独フォルクスワーゲン(VW)、韓国現代自動車・起亜自動車の4グループが規制対象として追加された。規制内容も一段と厳しくなり、純粋なZEVとしての電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)の合計で販売台数の最少2%、一方で過渡的なゼロエミッション車(TZEV)として定義されるプラグインハイブリッド車(PHV)は最大2.5%という枠組みで格段に強化された。以降も、25年まで段階的に一層厳しくなる。
 中国の新エネルギー車(NEV)規制は2019年から適用され、NEVの対象車となるのはPHV、EV、FCVの3車種である。この対象車の定義はZEV規制をベンチマークして設定したことが背景にあり、ZEV規制と同一にしている。それだけ、ZEV規制は世界に対して大きな影響を与えて来たことを意味している。
 当然のごとく、世界の自動車各社は電動化政策に対応すべく、PHVとEVを中心に大きな舵を切っている。これまで後れをとっていた欧州勢も大規模投資で巻き返しを始めている。欧州勢にとっては、ZEV規制、NEV規制を考慮しつつ、21年から適用される欧州CO2規制も勘案すれば、あらゆる解決手段で規制をクリアする必要があり、最大の解が電動車になっている。

米国ダブルスタンダードへの反旗
 オバマ政権下で制定された25年までの自動車の燃費基準を撤廃して、21年以降の新基準を策定することを、米環境保護局(EPA)と米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が8月2日に発表した(8月3日の日本経済新聞より)。その中で、全米での燃費基準を統一する目的から、米10州が導入しているZEV規制も対象となり、廃止の方向で交渉を進める。
 これまで米国自動車業界は、連邦政府と州政府のダブルスタンダードを解消するようトランプ政権に要望してきた。米国ではピックアップトラックや多目的スポーツ車(SUV)など、利幅が大きい大型車の人気が高く、電動化政策の促進は大型車ブームに水を差すからだ。
 このような動きは、本年6月上旬にCA州サンディエゴで開催された国際会議「AABC(Advanced Automotive Battery Conference)2018」でも議論された。ZEV規制を制定したカリフォルニア大気資源局(CARB)からのメッセージでは、この反旗に対して強硬に反発していたのが印象的であった。

ダブルスタンダード撤廃が及ぼす影響
 仮にダブルスタンダードが撤廃され、ZEV規制が失効した際の影響について考えてみる。自動車業界の各社の立場は微妙に異なるであろう。ZEV規制の撤廃でメリットを受ける最大の自動車メーカーは米国自動車メーカーであることに違いはない。厳しいZEV規制の開発呪縛から逃れることも可能である。
 しかし一方、欧州で21年から適用されるCO2規制強化は電動化を排除しては成立しない。それがゆえに、欧州自動車各社はジャーマン3(ダイムラー、BMW、VW)を中心に大胆な電動車シフトを始めている。ZEV規制が撤廃されても欧州勢は電動化の手を緩めることはないだろう。
 また、ZEV規制を模倣して導入したNEV規制は、中国の「自動車強国」を実現するための錦の御旗である。これまで10年近くの歳月をかけて展開してきた中国の電動化政策では、ローカルの産業競争力を向上させるためのあからさまな政策を打ち出してきた。例えば、エコカーを生産販売できるための「エコカーライセンス」、さらには電動車の補助金を受けることのできる電池メーカーを制限する「バッテリー模範基準」、いわゆるホワイトリストなどに代表される。
 政府の補助金を受けて急速に発展してきた電池メーカーは、中国寧徳時代新能源科技(CATL)や中国BYDを中心に少なからずある。一方で、昨年から補助金が減額されていることで、中国市場では顕著に影響が現れ、EV販売にはブレーキがかかっていることは前回のコラム「中国の新エネルギー車規制にどう対応すべきか?」で記述した。
 しかし、政府側としても標榜する「自動車強国」の御旗を下げるわけにはいかない。ここまで来れば、仮にZEV規制が撤廃されたとしても、NEV規制は自主的に継続していくことになろう。

日本勢には一層のビジネスチャンスに
 では、日本勢の自動車各社にとってはどのような影響が生じるだろうか。欧州CO2規制とNEV規制が維持強化される限り、電動化開発への対応姿勢は揺るがない。しかし、18年から25年まで段階的に一層強化されるZEV規制の中では、EVとFCVに対して大幅な生産販売が課せられていた。その規制が撤廃されれば、EVとFCVの大幅な削減が可能になる。その結果、開発負荷の低減、コスト高で経営に負荷が増すシナリオから逃れることが可能になる。逆に、日本勢が最も得意としているHVの開発と拡販に弾みをつけることにもつながる。
 トヨタとホンダにしてみれば、ハイブリッド車(HV)でエコカービジネスを先導している戦略がますます生きてくる。NEV規制と欧州CO2規制に対して最低限のEVとFCVを組み込む形で良く、経営を圧迫する負荷を大きく緩和できることになる。

米国勢にはリスクも混在
 最も影響を受けるのは米テスラであろう。ZEV規制があったおかげで、これまで他社にEVクレジットを販売できた同社だが、同規制の撤廃は同社のビジネスモデルに水をかける形になる。「モデル3」の生産台数では目標の5000台/週を達するに至ったが、損益では赤字が拡大しており、18年4~6月は約800億円の赤字で、過去四半期ベースで赤字記録を更新した。
 同社は8月下旬までに「モデル3」の生産台数を6000台/週に増やすとのことだが、CA州フリーモントの生産工場は決してスマートではない模様だ。また、生産は完全自動化を諦め人海戦術、それも販売店の整備士を工場に動員したと日本経済新聞は報道している。さらには、従業員の解雇、待遇に不満を持つ者の情報漏洩、会社側の内部告発の妨害など、労使関係も大きく揺れている。
 今後、果たして生産台数の増強は順調に進むかどうかは別にしても、ZEV規制の撤廃は同社にとってマイナス面は多々ある中、プラスに作用する事象はないだろう。
 米国勢の享受もさることながら、一方ではリスクも垣間見える。ZEV規制を排除しても、他の環境規制が続く限り対応せざるを得ないのが現実である。また、中長期的に見れば自動車の電動化シフトは止まらない。とすれば、積極的かつ戦略的に電動化を進めることができる自動車メーカーが、将来の勢力を増強することになろう。
 この仮説を裏付ける事実は歴史的に証明されている。1990年の最初のZEV規制発効時点で、日米自動車各社の反応は全く逆であった。すなわち、日本のビッグ3は、この法規がCA州の更なる大気改善になるものと真摯に受け止めた。その結果、間髪を入れずにEV開発のための電池やモーターなど、重要コンポーネントの研究開発を立ち上げたのである。
 一方、米国ビッグ3は、発効したZEV規制の撤廃を求め、ロビー活動を通じてCARBへの交渉を迫ったのである。このような活動に米国勢が時間を費やしている間に、日本勢は着々と開発を推し進めた。1997年になると、日本勢は先進電池搭載のEVを世界に先駆け、CA州市場へ送り込んで行った。このような状況がもたらした結論は、日本勢の電動車とそのコンポーネントの研究開発レベルが世界トップになったことであり、これは今現在も優位性をもっている。
 更に遡れば、1970年代の排ガス法規であったマスキー法案も同様である。大気浄化のために発効したマスキー法に対しても、日本勢はいち早く課題に取り組み、燃焼制御や排ガス制御の技術開発に取り組んだ。一方の米国勢は、開発コストがかかるなどの理由で本法を無効にするロビー活動を展開した。
 その結果、ホンダが世界でいち早くマスキー法をクリアするCVCCエンジンの開発に繋げ、商品化したことで世界から大きな注目を浴びた。結局は米国勢も同法案に対応せざるを得ない状況に追い込まれた。その延長上で日系自動車各社は、低エミッションの技術や燃費性能で世界トップの座に君臨してきた。
 すなわち、過去の歴史が証明しているように、社会に対して貢献する合理的な法規は技術革新をもたらし、その具現化された製品がいずれは市場に普及する。そうなると、先行した企業がメリットを受けやすいビジネスモデルが生まれる。逆にフォロワーは、先行企業の製品と同等以上の効能があるか、より低コストの製品に仕上げないとインパクトがなくなってしまう。
 トランプ政権が提唱しているダブルスタンダードの撤廃と、それに伴うZEV規制の無効化は、米国自動車業界にとって長期的に見れば産業競争力を阻害することにもなりかねない。目先の規制緩和が得策になるのかならないのか、大局的な判断が必要なのではないだろうか。


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