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日経ビジネスオンライン

2018/09/13

第126回コラム

爆走中国EV、電池業界に起きている異変
技術経営――日本の強み・韓国の強み
日系各社のビジネス戦略にも変化が
2018年9月13日(木)
佐藤 登

 7月26日の本コラム、「中国の新エネルギー車規制にどう対応すべきか?」では、中国の電池業界トップ2の中国寧徳時代新能源科技(CATL)およびBYDの勢いについて記述した。欧州においてリチウムイオン電池(LIB)の生産拠点を構えつつある韓国トップ3(LG化学、サムスンSDI、SKイノベーション)が、ポーランドおよびハンガリーを拠点として選択した。一方で、CATLはドイツのチューリンゲン州にLIB生産拠点を構築することで、ジャーマン3であるダイムラー、BMW、フォルクスワーゲン(VW)とのビジネスの距離感を一層縮める展開に出ている。このことは、韓国勢にとっても大きな脅威となることを述べた。
 欧州の電動化シフトと共に、韓国勢および中国勢の電池各社が勢力を増強させているのは紛れもない事実である。逆に見ると、欧州および米国での日本勢の電池各社の存在感がかなり薄らいだ格好になってきた。

電池業界のビジネスモデルの歴史を振り返る
 では、何故このような勢力図に移り変わってきたのだろうか。まず、電池業界のビジネスモデルを振り返ってみよう。
 車載用ニッケル水素電池を搭載したハイブリッド車(HV)としては、1997年にトヨタ自動車が「プリウス」を、そして99 年にはホンダが「インサイト」を市場に投入した。すると2000年以降には米フォード・モーター、そしてVWも追随するに至った。もっとも、フォードの場合はトヨタハイブリッドシステム(THS)のライセンスを受けて実現に至っており、電池システムは日本勢が独壇場だった。当時の三洋電機はフォードやVW向けに、電池制御システム(BMS)を包含した電池パックシステムを納入しており、すなわちTier1のような立場でビジネスを構築していた。それによって、三洋電機は米欧の大手自動車メーカーからの圧倒的な信頼を勝ち得ていったのである。
 車載用途でのLIBは、2009年に三菱自動車の電気自動車(EV)「i-MiEV」に搭載されたもの、そして10年に市販された日産自動車のEV「リーフ」に搭載されたものと続く。世界に先駆けた車載用LIBの適用事例であったといえる。
 その礎を築いたのが、1991年、ソニーが世界に先駆け民生用途ではあるがLIBの量産を実現したことである。ソニーはその後、車載用途のLIBの研究開発を日産自動車、そしてホンダと共に展開して大型LIBの開発を先導した。しかし、その先導役であったソニーは1998年、当時の出井伸之社長の判断の下、「人命に関わるビジネスはしない」という戦略に基づき、車載用LIBの研究開発から手を引いた。ホンダでは筆者がソニーとの共同研究をプロジェクトリーダーとして推進していた最中の出来事であった。
 この頃から、三洋電機、日立製作所、日本電池なども車載用電池研究に取り組むようになり、将来に向けたビジネスモデル戦略を描き始めたのである。ホンダでは、筆者が1999年に三洋電機の経営陣へ申し入れをして、車載用LIBの共同研究をスタートさせた。
 この時点では、韓国のサムスンSDIもLG化学もモバイル用LIBの量産を目指して、日本勢をベンチマークしつつ実用化を図る段階にあった。車載用LIBの開発はその数年後に始まるのである。サムスンSDIがモバイル用LIBの量産を開始したのはソニーに9年遅れの2000年のことである。韓国勢が車載用LIBの研究開発に踏み切ったのはその後間もなくの2002年くらいであるから、時間的にも数年遅れ、また技術面や信頼性・安全性の面でも日系のレベルからは相当後ろを歩くことになる。

自動車業界が電池業界に期待する重点要素の変化
 ただ、韓国勢のスピード感の速さには目を見張るものがあり、日本製LIBのベンチマーク、積極的な技術開発・マーケティング、世界各国からの人材採用等を実行してきた。2004年9月にホンダからサムスンSDIに移籍した筆者は、この実態を直接見てきたほか、そのような技術経営に自らも携わってきた。
 2010年後半には、サムスンSDIのモバイル用LIBが、それまでトップシェアを占めてきた三洋電機を初めて超えた。車載用電池のビジネスでも、韓国勢は2010年を過ぎると頭角を現してきた。以来、韓国勢はLIBの技術力、マーケティング力、安全性・信頼性を確立することで、日韓のLIBにおける性能や安全性に対する差異はなくなった。
 その後は、中国のLIBメーカーも乱立。EVを国策として進める中国では、完成度の低いLIBを搭載したEVが火災事故を頻繁に起こすなどの社会問題にも発展した。その中国では、「失敗したことは仕方がない。これから巻き返すことが大切」という命題のもとで、事故を起こしつつも新規参入組のEVメーカーや電池メーカーの乱立が進み、拡大方向の路線が展開されてきた。
 世界の自動車各社における日本の立ち位置は、日系自動車各社との電池協業や調達を推し進めるものの、欧米では様相が異なる。特に、2015年頃を境に、欧米自動車各社の電池業界に期待する要素が大きく変わったように映る。そのストーリーを以下の表に示す。

 2015年以前での重点要素は性能面、安全性、パック化技術、コストが主流であった。以降は、性能面では日韓の優位差がなくなり、そして安全性・信頼性でも同等になり、更には自動車各社がパック技術を要求するビジネスモデルから、モジュール(セルの集合体)以降を自社で手掛けるビジネスモデルに大きく転換を図った。
 逆に、2015年以降の重点要素は更なるLIBコストの低減、とりわけ25千円/kWh以下、しかも10千円/kWhに近づけたい自動車各社の思いが如実に現れている。そしてもう一方の指標は、投資力によるLIB生産キャパである。
 現在、LIBのコストリーダーはLG化学である。近年、LG化学を意識しているCATLが激しく追随している。日本勢は、業界でのコスト低減を前面に打ち出す、あるいはコストリーダーとなる戦略を唱える企業は無いに等しい。逆に、パナソニックは価格競争に持ち込まない戦略といっているが、果たしてどこまで通用するのだろうか。
 一方の投資による生産キャパ拡大においては、韓国のトップ3と、国からの補助金前提ではあるがCATLとBYDの存在感が浮き彫りになっている。日系ではパナソニックの投資力が韓中に対抗しつつある水準ではあるものの、それ以外の電池各社の投資力には見劣りがある。
 このように、コストと投資力が競争領域になっているわけだが、似たような経緯はあちこちで確認されてきた。これまでの産業界の歴史を紐解けば、いや紐解かなくても液晶事業、薄型テレビ事業、携帯電話事業、スマホ事業、半導体事業など、日本から韓国をはじめとするアジア勢に勢いがシフトした事例は枚挙に暇がない。
 こういう状況を勘案すると、日系電池業界としては電池各社の個別展開よりも、体力と筋肉質のある業界への転換が必要な時期に差し掛かっているのではないだろうか。業界再編もその一つのアプローチであるだろうが、そうでなければ競争力の乏しい企業は淘汰されるシナリオになりかねない。

中国市場における変化点と展望
 先の7月26日のコラムでも、中国において2020年からエコカーに対する補助金がなくなった場合のケーススタディを示した。それもさることながら、以下の表に示すように現時点で様々な異変ともいえるべき事象が生じている。2020年の補助金ゼロ化がもたらす影響は計り知れないと思う。

中国市場における気になる動き
 EV各社の資金繰り悪化によるしわ寄せが電池業界に及んでいる。昨年からの補助金減額の影響で、EV各社のLIBサプライヤーへの支払い遅延で経営が悪化する電池企業が既に現れている。例えば、CATL、BYDに続く中国3位メーカーであるOptimumNano Energyは、18年7月から半年間のLIB生産停止を決断した。その他、CATLの利益大幅減少、LIBメーカーの40%がマイナスのキャッシュフローであるなど、厳しい状況に陥っている。
 そこに追い打ちをかけるように中国政府は18年、航続距離300km以下のEVについては補助金の減額幅を前年対比で最大58%減にすることを決定した。航続距離が300km以下のEVが約50%と主流を占める中国ローカルのEV各社、そしてそこにつながるローカルのLIBメーカーには必ずや淘汰の波が押し寄せることになる。
 CATLはこれまで生き馬の目を抜くような成長拡大路線を遂げてきた。日系自動車各社、部材メーカーのCATL詣でも多くのタイミングで報道されてきた。トヨタ自動車の頻繁なCATL訪問協議、日産自動車においては中国で生産するEVでのCATL製LIBの調達決断、ホンダは調達までの決断はしていないものの、中国で生産する電動車(xEV)への調達を目指すためのLIBの共同開発と、日本の自動車トップメーカーが大きな期待を寄せている。
 ご他聞に漏れず、LIBの部材事業を展開する日本の化学メーカー各社もCATL詣でを行ってきた。正極材料、負極材料、セパレータ、電解液の四大部材を中心とした事業は日本のお家芸であったのだが、2015年以降は特に中国ローカル部材メーカーが躍進してきた。
 日系部材メーカーの強みはハイエンドを主体にミドルレンジ級の部材ビジネスの展開を図っていることである。一方、中国ローカルの部材業界はローエンド系からミドルレンジ系のビジネスモデルという格好で、日系のビジネスとはターゲットがやや異なる。
 しかし、CATLの日系部材メーカーとのビジネス協議では、CATL側が中国ローカル部材メーカーの価格をちらつかせ、日系部材メーカーに価格交渉を迫って有利に進める姿勢を示している。そういった状況を頻繁に目の当たりにして、ビジネス商談から引き下がる日系メーカーが増えてきたとされる。
 CATLのこのようなビジネススタンスで日系部材業界が供給しない状況になれば、ハイエンド系を採用する日韓電池メーカーとの技術に再び優位差が生じることになる。知財も含め、価格交渉でもパートナーとしての意識をもち、交渉相手に対する丁寧な姿勢を示さないと、日系のCATL離れが進みそうな気配がある。
 サムスンSDIやLG化学がLIB事業を伸ばしてきた最も大きな原動力の一つに、日系部材メーカーとのパートナーシップ意識をもって、双方のWin-Winを構築する信頼関係を築いてきたことがあげられる。CATLの対応次第では、その勢いに急ブレーキがかかることも予想され、今後に注目が集まる。

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