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日経ビジネスオンライン

2019/08/04

東洋経済オンライン第3回

トヨタが本気で取り組む「全固体電池」とは何か
ポスト・リチウムイオン電池の開発は過熱
佐藤 登 : 名古屋大学客員教授・エスペック上席顧問
2019年07月23日

2019年6月、次世代車開発の大きなカギを握る車載用電池に関する2つの大きなニュースが流れた。トヨタ自動車は7日、車載用電池で中国CATLやBYD、東芝、ジーエス・ユアサコーポレーション、豊田自動織機と連携することを発表した。とくに中国の大手2社の電池メーカーとの連携は、中国市場における電動車開発から販売に至る過程での選択肢に入れている。CATLとは戦略的パートナーシップの覚書に調印し、電池の品質向上やリサイクル事業も包含する形で幅広い提携となる模様だ。

激化するポスト・リチウムイオン電池開発
また、26日には電子部品大手の村田製作所が「業界最高水準」の容量を持つ「全固体電池」の開発を発表した。リリースによると、長時間の利用を前提にしたワイヤレスイヤホン機器やIoT(モノのインターネット)社会の多様なニーズに対応していくとのこと。現時点では材料特性から車載用電池としては不向きだが、今後の発展が期待される。これらの発表をうけて、世界的に進むEVシフトと連動したポスト・リチウムイオン電池(LIB)の開発競争はより一層激しくなるだろう。その中でも全固体電池は、現行のEV(電気自動車)において主に使用されているLIBの次の「大本命」とされている。

パナソニックの津賀一宏社長は2017年、トヨタ自動車との車載用角型電池事業での協業において「リチウムイオン電池の限界が来るまで全固体電池のシフトを実現するよう準備をしたい」と語っていることからも、まさに電池の主役が変わる移行期に突入しつつある。

全固体電池の構成は正極、負極、それにLIBに適用されている電解液とセパレーター機能に代わって、固体電解質を適用している。発火の可能性のある電解液を燃えにくい固体電解質で置き換えることから、原理的に安全性は大幅に向上する。固体電解質中を充放電の過程で移動する物質はリチウムイオンのみのため、LIBのような副反応が起こりにくく長寿命化が期待される。また、-30度から100度ほどの低温から高温域の環境に対応できることも特徴だ。

全固体電池は従来よりも3倍以上の出力
課題は、LIB電解液に劣らないイオン伝導率をもつ固体電解質の開発と、正極、負極の電極と固体電解質との間に形成される界面の抵抗をいかに小さくするかだ。この分野の第一人者、東京工業大学の菅野了次教授とトヨタの研究者らは2016年、全固体電池を試作し、LIBの3倍以上の出力特性を実証したと発表している。このころから、全世界的に全固体電池の研究開発が活発になり、主導権争いで競争が激化している。トヨタは、2020年代の前半には全固体電池を搭載する計画と報道している。同社はこの分野に300人規模の技術陣を配置している模様で、電池討論会などの学会発表でも存在感がことさら大きい。

筆者がサムスンSDIに在籍していた2010年に、トヨタと意見交換をした。全固体電池の実現に向けての経営側からの要求は2017年頃をターゲットにしているとのことであった。その2017年も既に通過し、当初の目標は達成できなかったものの、ここ1、2年の動きをみると、世界初の車載用全固体電池の実用に向けてベクトルを集中している。トヨタの強力な研究開発に刺激され、ホンダも精力的に取り組んでいる。また、イギリスのダイソンもEVを実用化すると発表し、そしてそのときの電池は全固体電池を目標にしていると当時はCEOが発表していた。日産自動車に在籍していた筆者の知人である電池開発技術者が、2017年7月にダイソンに移籍した。電池開発に関わる技術者の争奪戦はこれからもあらゆるメーカーでみられるだろう。

国内の電池各社にとって、海外企業との開発競争は熾烈になるだろう。韓国のサムスングループの基礎研究を担うサムスン総合技術院(SAIT)では、革新電池研究を担う人材は100人以上の規模でいるとみられる。これまでも電池研究の分野で、科学雑誌『ネイチャー』や『サイエンス』には論文を多々発表してきた。筆者がサムスンSDIに移籍した2004年には、すでにSAIT内に革新電池研究を手がけるメンバーが30人近く在籍していた。SAITの使命は基礎研究成果を、モバイル用から車載用、定置用電池事業を担うサムスンSDIにアウトプットすることで、実用化に道筋をつけることにある。

民間だけでなく、国内研究機関も次世代産業のバックアップとして革新電池の研究開発を推進している。文部科学省管轄の「JST戦略的創造研究推進事業、先端的低炭素化技術開発(ALCA)」の中の「特別重点技術領域次世代革新電池」、さらにその中の全固体電池チームが中心となって研究開発を進めている。筆者も2017年までこのプロジェクトの次世代革新電池の戦略検討メンバーとして関わってきた。さて、これから開発においてどこに重点を置くべきか。戦略的考え方の1つとして、革新電池の原理発掘から革新素材に至る極めて価値の高い領域に注力することが必要だろう。

安全性以外の付加価値が重要
全固体電解質の魅力は安全性が高まるところにある。ただ、全固体電池にすれば安全性が確実に担保されるということではなく、条件が揃えば火災事故につながる可能性があることも付記しておきたい。しかし、安全性の向上だけでは魅力に乏しい。なぜなら、車載用で適用されている日韓の大半のLIBでも安全性は担保されているからだ。全固体電池が最も魅力を発揮するところは、電解液を有すLIBでは適用できなかった電極材、例えば負極用にリチウム金属、正極には高電圧系素材等を適用することで、エネルギー密度を大幅に向上させることにある。それによってEVの航続距離が大きく拡大すれば、本当のEVシフトが実現することになろう。

全固体電池の実現が意味するところは、電池部材のサプライチェーンを大きく変えることになる。正極系と負極系はともかくとしても、三菱ケミカルや宇部興産が事業展開している電解液、そこに電解質を供給する森田化学工業やステラケミファ、さらには旭化成や東レ、住友化学、宇部興産が優良事業として推進しているセパレーターが不要になる。

とは言え、足元でのLIB需要は高まる一方である。それが証拠に、セパレーター各社は日本や韓国で大々的な投資拡大を図ってきた。すなわち、長期的視点では全固体電池の実現がビジネスリスクとして向き合うことになっている反面、ビジネスチャンスとしての現状の需要拡大は、大きな原動力となっているのも事実だ。ともかく、電池立国を標榜する日本において、世界に先駆けた革新電池の実現は悲願といえよう。先行技術で強い知財を確保し、事業で世界をリードできるかが、そのカギとなる。
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